ヴィクトル・ユゴーを読む3 『レ・ミゼラブル 第3巻』 第三部 マリユス

小説『レ・ミゼラブル 第3巻』ヴィクトル・ユゴー著 佐藤朔訳 新潮文庫 1967年8月25日発行 2013年8月5日51刷
2015年5月16日(土)読了

(注意!)ネタバレ大いにあり

第3巻は、「第三部 マリユス」と題して、初めて登場してきた青年マリユスが主人公の物語。
このマリウスの生い立ちから今に至るまでの人生、彼の性格・言動を描いていく。それはいいのだが、一向にジャン・ヴァルジャンやコゼットが登場しない。またユゴーお得意の寄り道か、と思う。このマリユスという若い男にさほど魅力を感じないのもちょっと困ってしまう。
このマリユス、それまでの第1部・第2部とまるで関係ないのかと思いきや、実は彼の父が、戦場で命を助けられたのが後にコゼットの養父となったテナルディエだったと明かされる。何という小説のような偶然というか因縁というか。
ま、命を助けたと言ってもテナルディエは、戦死した兵隊の持ち物を盗む泥棒で、たまたまマリユスの父が倒れているところを起こしただけなのだが。

話がどう進むかも分からないまま、マリユスの貧困生活の話をずっと読んでいくと、ようやく228ページに至ってマリユスが公園で60歳くらいの父親と十代の娘の二人連れに出会うこととなる。この二人が、ジャン・ヴァルジャンとコゼットであることは、前2巻を読んできた読者にはすぐ分かるのだが、この巻は何せマリユス視点なので二人が何者であるか一切書かれない。
このやり方が実に巧妙である。第1巻・第2巻の主人公がここでは彼らを全く知らない人間の眼から見るというやり方。それを読者だけは分かっているという快感。「どうせいつかはジャン・ヴァルジャンと名乗るのだろう」と持っていたが、この第3巻全447ページ読んでもついにユゴーは、ジャン・ヴァルジャンおよびコゼットの名前を一度たりとも書くことはなかった。これは凄いことだ、徹底している。
主人公の固有名詞を一切出さない。勿論内面描写もない。あくまでもマリユスという赤の他人、それも特に会話を交わしたことのない人間の眼から見た外面描写のみ。ユゴーはミステリを書いたつもりはないのだろうが、期せずして叙述ミステリのようなものに近くなっている。
これを読むと、エド・マクベインの「87分署シリーズ」の一編『灰色のためらい』を思い出す。あの小説もいつものレギュラーの刑事たちの視点ではなくまったく彼らと面識のない別の人間からの視点で描かれていた。刑事の名前は勿論出ることがない。シリーズものでこそできるお遊びだった。それをはるか以前にヴィクトル・ユゴーがやっていたとはただひたすら感服するばかり。

364ページにジャヴェールが名乗りを挙げるが、これもいっそなくても良かった。ここまで読んだ読者ならばもう彼だと分かるはず。

ただ話としていささか疑問もある。あまりに偶然性の頼りすぎていないか。御都合主義と謗られても仕方ない気もする。マリユスが長年探し求めていた父の恩人が実は偶然にも隣の部屋にいたとか、その恩人が虐待しつつ育てた養女を偶然にもマリユスが恋をするとか。
ま、いいのである、面白ければ。クライマックスに向かって主要登場人物が一つの部屋にやってくるくだりがこの上なく盛り上がるのを読めば、御都合主義、大いに結構という気分になる。

それにしてもユゴーは非常に律儀である。第2巻でもう出て来ないと思ったテナルディエをこういう形で出してきて決着をつけるとは。
時に大胆でハッタリが効いているが、実は繊細で緻密なところがある。それがこの小説の魅力。
レ・ミゼラブル (3) (新潮文庫)
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