「アフタースクール」 騙される快感

映画「アフタースクール」2008年日本 配給クロックワークス 監督:内田けんじ 出演:大泉洋 佐々木蔵之介 堺雅人 田畑智子 常盤貴子 北見敏之 山本圭 伊武雅刀 上映時間102分 5月24日公開
シネカノン有楽町2丁目シアター1にて鑑賞 6月1日13時30分の回 座席番号A-12(最前列) 入場料1000円(映画の日割引)

ずっと騙されて来た。いや正直に言えば騙されるのが好きだった。小学校の頃から小説や映画やテレビで心地よく騙されることを望んでいた。その結果、今まで様々に騙されてしまった。「スルース」「スティング」「殺人交叉点」「伯母殺人事件」等々。騙し方も色々あるが、やはり心惹かれるのは作品が二重構造になっていて騙すやり方だ。つまり表面的なストーリーの裏にもう一つ別のストーリーが隠されているというもの。その隠し方が巧ければ巧いほど真相が明らかになったの衝撃が大きい。ただなかなかこれが上手くいかない。特に映像作品は作り方が難しい。成功作は少ない。

そこで「アフタースクール」である。この作品については粗筋を書くわけにはいかない。いや登場人物についても書けない。本当は先に書いた「騙す」とか「二重構造」とかいう言葉もちょっとまずいのだが、この映画のキャッチフレーズで「甘くみてるとダマされちゃいますよ」と自ら宣言しているので、まあ許容範囲内として勘弁してもらうか。
僕はこの映画を観る前、「騙し」の映画だという予備知識はあった。ただ詳しいストーリーはまるで知らないという理想の状態で観たのがよかった。騙されるのを十分知りつつ観て、やっぱり騙されてしまったというのは実に快感だ。よく「先が読めた」だの「すぐ真相に気づいた」だの自慢げに言う人がいるが、幸せなことに僕は勘が鈍いせいかいつもキッチリ騙される。そんな僕が言うのもなんだが、この作品は技巧的にはとびきり巧い騙し方をしている。実に素晴らしい。

他の作品を例に出すのもなんだが、「ユージュアル・サスペクツ」という作品がある。これも「騙し」の映画として話題になった映画だが、僕はまるで評価できない。何より駄目なのは映像に「嘘」があることだ。映像作品としてはこの上ないアンフェアなやりかただ。これがアカデミー脚本賞なのだから呆れる。「アフタースクール」では映像には「嘘」がない。ただある方法で「騙し」ているのだ。嘘をつかずにだます高等テクニックが何か所かある。いずれも映像と音声という映画ならではのものを駆使している。ラストもその効果を生かし爽やかに仕上げている。(満員の客席から笑いが起きた。)その辺が単なる技巧派に止まらない内田けんじの良い所だろう。犯罪絡みの映画なのに全体的に笑いの要素も多いし、何より後味が良い。
去年「ラッキーナンバー7」という映画があった。これも「騙し」」の映画なのだが、復讐計画のために無関係の第三者を殺すとか後味が悪かった。ただ騙せばいいというものでもないから難しい。

映画を観る時ついてまわるのが「リアリティー」という言葉。つくりものとしては抜群に面白いのだが、「現実ではありえない話だな」と思ってしまう。XXXがこんな大がかりなことをやるだろうかとか昔のXXのためとはいえよく協力したなとか考えてしまう。だからといってこの作品の評価が下がるわけでないが。

役者がみんないいのも特筆もの。特に大泉洋は「こんないい役者だったのか」と思うほど。彼をこの役にキャスティングしたのも「騙し」のひとつかもしれない。

こんなにエンドクレジットが嬉しかった映画もないだろう。役名と役者名を眺めているだけで微笑んでしまう映画なんて初めてだ。

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