『一人称単数』 カルト作家・村上春樹の神髄

小説(短篇集)『一人称単数』村上春樹著 文藝春秋 2020年7月20日第1刷発行
2020年7月28日(火)読了

(注意!)ネタバレあり

村上春樹6年ぶりの新作短篇集。8作品収録。
7月に出たばかりなのに、早くもベストセラーリストのトップになっている。さすが国民的作家・村上春樹である。だが、正直言って村上春樹がこんなにも一般的な人気が高いのがフシギでならない。面白おかしいエンタメじゃないし、重量感のある堂々たる文学作品でもない。どこか軽く口当たりが良くてすらすら読めるが、結構「毒入りキケン」な隠し味もある。文豪と呼ばれる国民的作家では決してなくて、むしろ本質はカルト作家なのではないか。超のつくメジャー作家でありながら、極めてマイナーで異端の作家で熱狂的な信者がいる、実に稀有な存在。どうもぼくにはそんな風に思える。

さて、6年ぶりの新作短篇集である。『女のいない男たち』以来だ。当然、『女のいない男たち』は出版当時に読んでいるのだが、さて、どんな短篇があってどんな内容だったか思い出そうとしてもサッパリ思い出せない。これはあながちぼくのお年のせいだけではないだろう。村上春樹作品は記憶に残りずらい。短篇だけではなく長篇も、『ノルウェイの森』も『海辺のカフカ』も他の作品も、あれ、どんな話だったのか思い出しにくい。確かに読んでいて面白かったはずなのに。フシギな話だ。あるいは一度読んでからしばらくたつと内容を忘れるからもう一度本を買わねばと買う、それがベストセラー作家の秘密なのかも。冗談だが。
それはともあれ、今回の短篇集は今朝読了したばかりなので記憶が確かなうちに感想を書いておこう。

「石のまくらに」
主人公の「僕」が思い出すのは学生の頃に同じアルバイト先の店で働いていた女性のこと。彼女が店を辞める日の夜、送別会のようなものが開かれ、そのあとで何となく成り行きで「僕」は彼女を自分の部屋に泊めることになる。そして、二人はセックスした。
翌朝、彼女は短歌を書いていることを「僕」に告げ、歌集を一冊送ってあげると言う。一週間後、自費出版らしい歌集が送られてきた。それ以来、彼女とは会っていないし、連絡もない。おしまい。
村上春樹作品が記憶しづらいというのはこういうのからも分かる。つまり、確たるオチがないのだ。この女性のキャラも面白そうなのだが、彼女の過去も性格も分からない。後日談もない。ないない尽くし。ただ、ある一日の些細な出来事を切り取って見せただけなのだ。そこが村上春樹らしいと言えば、らしい。

「クリーム」
これも「ぼく」の思い出話。18歳の時のこと。以前通っていたピアノ教室で同じ先生に習っていた女の子からピアノリサイタルの招待状が届く。当日、「ぼく」は指定された会場に時間通りに到着したが、その会場らしき建物は閉ざされたままで明らかに使用されていない。人は誰もいない。分けが分からないまま、「ぼく」はそこを後にする。おしまい。
これは、女の子による手の込んだいたずらなのか、何かの手違いなのか。その解答はない。これも所謂オチはない。人生には、こういう「説明もつかないし筋も通らない」出来事が起きるものだ、と示されるだけ。オチがないのがオチか。ファンタジーだと、その時に異世界に迷い込んだというオチになるかもしれない。

「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」
これも「僕」の思い出話。以上3篇のいずれも主人公が昔を回想する話。村上春樹も70歳を越えて回顧する年齢になったということか、何だかこういう形式が目立つ。
「僕」が学生時代に書いた架空のレコードの批評文が大学の文芸誌に載った。その反応は批判となって表れたが、それはさほどのことではなく終わった。ところが、約15年後に「僕」は、ニューヨークにあるレコード店でその架空のレコードの実物にお目にかかることになる。確かにそれは、自分が冗談ででっち上げたレコードだった。それが気になってあとでその店に買いに行ったがそこにはもうなかった。店主に尋ねると、そんなレコードは最初からうちの店にはないと断言される。
実在しないレコードが束の間実在したかもしれないという話。この不思議な話に別に解決もオチもない。そこがいい。

つづく一人称単数 [ 村上 春樹 ] - 楽天ブックス
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