『ペスト』 絶望に慣れることは絶望そのものよりもさらに悪い

小説『ペスト』1947年 フランス アルベール・カミュ著 宮崎嶺雄訳 新潮文庫 1969年10月30日発行 2020年3月30日87刷 
2020年7月26日(日)読了

(注意!)ネタバレあり

今から73年前にフランスで出版された本が、今回の新型コロナウィルスの騒ぎでにわかに再注目され、51年前に出た新潮文庫の翻訳本が版を重ね書店の店頭に幾山も平積みされようとは誰も予想だにしなかったに違いない。しかもそれが売れてベストセラーのリストに載っているというのだから世の中何が起きるか分からんものだ。
かくいうぼくも評判に釣られて購入して読んだ次第で勿論初読である。
さて、これを話題の本だからといって買い求めて読んだ人、感想はいかがだろうか。ぼくの場合で言えば、いささか退屈したのも事実である。
そもそも読む前に予想していたような波乱万丈のストーリーの面白エンタメではない。著者が、文学者で思想家のカミュだから当然と言えば当然だが。ただ、『異邦人』のように一人の人物の内面を追及していく文学作品とも違い、もっと社会的に視野を広げた群像劇としての文学作品になっている。

194✖年4月16日、フランス領アルジェリアのオラン市に住む医師・リウーは、診察室のあるビルの階段で鼠の死体を見つける。それが全ての始まりだった。やがて町のあちこちで大量の鼠の死体が発見されようになっていく。そして、原因不明の熱病で倒れる患者が徐々に増えて来る。
その患者たちを診察したリウーは結論を出す。「これはペストだ」と。
急速な勢いで感染者が増えていったオラン市は、遂に外部との交通を強制的に一切遮断した隔離都市になってしまった。当然ながら市民は外には出られないし、外からは誰も入れない。そんな状況下でのリウーを中心としたさまざまな人々の行動が描かれる。

ペスト発生から蔓延までが手早く描かれるが、決して鬼面人を脅かすタイプの作品ではない。むしろ、淡々と描かれていく。一応、リウーが主人公といっていいだろう。ストーリーも登場人物も主にリウーの視点から描かれている感じ。
この本には、翻訳小説にはよくある登場人物一覧みたいなのがないので、自分で作ってみた。そうしないと誰がどんな職業なのか分からなくなって困ってしまうので。
こんな感じ。

リウー 医師
グラン 市の職員
ランベール 新聞記者
オトン 判事
ジャン・タルー 謎の男
コタール 首吊り自殺をしようとした男
リシャール 医師(医師会会長)
カステル 医師(老齢)
パヌルー 神父

これを見ながら読み進めてみた。
最初の方でペストの怖さを印象付けしたのでその後の展開が些か平坦で退屈しても興味は途切れない。上手いやり方である。ことさらにペストがもたらす惨状をこれでもかと執拗に描くことはしていない。ペストそのものよりもペストが人々にもたらした影響を主要登場人物を通してみてみるやり方。
リウーは、ペスト発生前に結核の妻を市外の療養所に送り出してそのままになっている。
市の職員グランは、ペスト対策に尽力するが、その一方で趣味の小説書きに専念している。その小説が別にペストと何の関係もなさそうな内容なのが面白い。ペストという異常事態こそ、小説格好の題材だと思うのだが。小説の中の形容詞を手直しすることしか頭にないこの男にカミュの自虐的ユーモアを感じる。
ランベールは、ペスト前に市外から取材のためにやってきて戻れなくなった男。外に出る手段を探している。外に恋人がいる。
ジャン・タルーは、何をしているかよくわからない男。やがてこの作品の中で存在感を増す。
コタールは、首吊り自殺をしようとしてグランに助けられた男。市外で犯罪を犯してこの町に逃げてきたらしい。
このあたりが中心的役割を持つ人々。いずれもそれぞれにドラマを持ち、いかようにも話を盛り上げられる人々だが、それほどは大仰には扱われていない。それでいて、それぞれの人物がくっきりと印象に残るようになっている。

作中で登場人物が、『異邦人』で描かれた殺人事件について話題にするところは楽屋落ち的ギャグで面白い。そういえば『異邦人』の主人公ムルソーが『誤解』で描かれた殺人事件の顛末を新聞で読むシーンがあった。つまり『ペスト』も『異邦人』も『誤解』も同じ世界で起きた出来事ということか。カミュ・ユニバースとでもいうか。

ペストの死者が増え土葬では間に合わなくなったので、急遽、廃線だった市電を復活させ火葬場まで線路を引きいくつもの死体を列車に乗せて運行したというエピソードは、アウシュビッツ行きのユダヤ人移送列車のダークなパロディ。
また、死体を扱う仕事を従事する人々は当然ながらペスト感染の危険があるわけだが、それでも人手が途絶えたことがない。ペストで職を失った人々にとって確かな仕事(ペスト終息までなくならない!)はどうしても欲しいものだ。困窮は恐怖に打ち勝つのだ。

それまでリウーの治療の甲斐もなく次々死んでいった患者たち。中でもオトン判事の息子の死は実に克明に描かれ極めて残酷ながら心に残る。そして、このあたりからそれまでドラマティックな展開が控えめだったストーリーに変化が見られる。クライマックスからラストへ向けて生と死の交差、とペストの終焉が描かれていく。まるで今まで温存されていた力を発揮するようにドラマティックに。

クリスマスの日、グランが倒れる。ペストだ。グランは自分の書きかけの小説を焼却するようにリウーに頼む。承知するリウー。だが、何故かグランは回復してしまう。
そして年が明ける。ここで、またしても鼠だ。しかし、前年の4月と違い、今度は生きてる鼠が発見されるのだ。鼠で始まり鼠で終わるのが上手い。
ペストは発生した時と同じように突然終息していった。その理由はハッキリとはわからない。
だが、ペスト終息前後にここぞとばかりにカミュは登場人物を殺していく。幸いグランは助かったが、リウーの親友タルー、オトン判事、パヌルー神父、そしてリウーの妻。そして、コタールは銃を乱射して警察に逮捕される。ペストが終息し、町が隔離から解放されるということは市民の大部分の者にとっては良いことだが逃亡者コタールにとって非常にまずいことだった。コタールは自殺未遂後、町が閉鎖中はむしろ生き生きと活動していたのに皮肉なものだ。自暴自棄になったか。

ラスト。ペスト菌は決して死ぬことも消滅することもなく、やがて再びその猛威を振るう日が来ることをリウーは予想する。見事な締めである。次なる悲劇を匂わせて終わる王道的ラストというか、今だったらすぐさま続編が作れそうだ。ペスト (新潮文庫) [ カミュ ] - 楽天ブックス
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