『愛と追憶のセレナーデ』 美少女に触る、舐める、感じる、入れる喜び

映画(DVD)『愛と追憶のセレナーデ 幻影に揺れる汚れなき美少女たち』1979年 フランス映画 監督・脚本:デビッド・ハミルトン 脚本:ジョー・モレム アンドレ・スゾォット 撮影:ベルナール・ダイレンコー 音楽:パトリック・ジュヴェー 出演:ドーン・ダンラップ モード・アダムス ジェームズ・ミッチェル モーリーン・カーウィン ティエリー・レドレール 上映時間87分 日本語字幕スーパー版
2020年6月11日(木)鑑賞

(注意!)ネタバレ

美少女写真で有名な写真家デビッド・ハミルトンは映画監督としても何本か映画を作っている。監督デビュー作品『ビリティス』(1977年)は日本でも公開され、ぼくも封切りの時に勇んで映画館に観に行った記憶がある。感想?う~ん、確かに出て来る美少女たちは綺麗で可愛く、その魅力は余すことなく出ていたと思うが、いかんせん、お話がつまらなくて映像が綺麗なだけで実に何とも物足りない映画だった。今で言うところの百合映画だが、大いに期待したお目当てのシーンにエロさは希薄ではぐらかされた思いが強かった。
ハミルトンの他の映画作品を見る機会もなく今まで来てしまったが、ショップでこのDVDを見つけたので、どんなものかなと購入、さっそく観ることにした。
これは、日本では劇場未公開で終わり、DVDスルーの映画であった。そして観てみると、まあそれは無理からぬことかなと思えるような、そんな映画。

主人公は、中年の彫刻家ポール(ジェームズ・ミッチェル)。彼は海から突然現れた少女に目を奪われる。その時はそれだけだったが、そのあとでポールはバレエ教室でその少女ローラ(ドーン・ダンラップ)に再会する。そしてポールは、ローラが昔自分が愛した女性サラ(モード・アダムス)の娘であることを知る。惹かれ合うポールとローラだったが運命は予期せぬ方向に二人を導いていく。
『ビリティス』で分かってはいたが、デビッド・ハミルトンの映画にドラマ性やストーリー性を求めてもしょうがないと改めて思い知らされる。映画の作り方が思い切り粗雑。見せ場はあるのに見せ方がへたくそ。
少女が海中から突然姿を現すシーンなんか一番大事だと思うのだが、「この子はずっと海の中にいたの?」とか考えてしまう。バレエ教室で二人が出会うシーン、いわば一目ぼれのいいシーンのはずなんだが、16歳の少女はどこが良くてこんな中年の男に心惹かれたのか?となってしまう。
いずれももっとドラマティックに盛り上げるべきシーンだろう。少女が中年男に恋したんなら、それを観る者に納得させる工夫が必要だ。二人とも何だか棒のように立っている感じ。ハミルトンは俳優の演技指導にさほど興味がないようだ。そもそも人間に興味がないのかもしれない。人間が描けていない、ってこういう映画を言うのだろう。昔の恋人の娘に恋した男、というなら如何様にも濃い人間ドラマにできそうなんだが、モード・アダムズも宝の持ち腐れ。実は、ローラはポールの実の娘だったというくらいのハッタリが欲しかった。

で、ハミルトンは何に興味があるのかと言うと、ズバリ美少女でしょう。バレエ教室の女の子たちがサウナみたいなところでわちゃわちゃ、うふふあははしている百合なシーンはさすがに綺麗で可愛い。
ヒロインの女の子ドーン・ダンラップもロリな可愛さがあってなかなかいい。彼女が彫刻のモデルのために写真に撮られるシーンなど、さすが本職写真家だけあってハミルトンの腕の冴えを見る。一枚の写真に写ったヒロインは確かに美しい。
ただ、これは映画なんであって写真のようにずっと静止しているわけではない。一枚の写真ならソフトフォーカスで撮ってもアートっぽくなるけれど、映画全編をソフトフォーカスな画面でやってしまおうというのはあまりに無謀すぎる。アートというよりもずっとピンボケ映像を見せられている気分。
さらに場面転換のたびごとに暗転と言うつもりなのか黒い画面になってしまうのも思い切り興醒め。その黒があまりに多すぎる。シーンのつなぎとか基本的なところがまるでできていない。映画の流れがプツンプツンと途切れる感じで気色悪い。

ただ、後半の展開は意外に面白い。アトリエでのパーティの時、火事になり作品を守るため火を消そうとしたポールが転んで仰向けに倒れ、運悪くそこへ除草剤が流れ出し、ポールの両眼を直撃してしまうという事故が起きる。その前にローソクが倒れてボヤが出たのポールが雑に消したのだが残り火があったらしい。いやどう見ても不自然極まりない自業自得の御都合主義の事故なんだがそのあとが凄い。ポールは両眼を失明してしまう。モデルを間近に見ながら彫刻を作ってきたポールにとって芸術家としての死同然である。
これって、写真家デビッド・ハミルトンが一番恐れていたことではないだろうか。失明してしまったら、もう美少女を見ることもできないし、ましてや美少女を写真にとることもできない。この世の終わりだ。
この映画で写真家ではなく彫刻家にした意味も分かる。彫刻家ならまだ作品が造れる。ポールは、別れを告げるために彼を訪ねてきたローラにお願いして未完成作品のモデルを続行するようになる。もう眼は見えないが、ローラを全裸にしてその体を舌で舐め指で触りペニスを挿入して愛と追憶のセレナーデ/幻影に揺れる汚れなき美少女たち [HDリマスター版] DVD - セナ楽天市場店
愛と追憶のセレナーデ/幻影に揺れる汚れなき美少女たち [HDリマスター版] DVD - セナ楽天市場店みて、心眼で見ることができる。かくしてローラの彫刻は完成した。
モデルの美少女の肉体を体感してアートにするという変態チックなところは大いに気に入った。もっともっとこういう変態度が高ければ、あるいは傑作になったかもしれないなあ。



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