『ミッドサマー』 男か熊か

映画『ミッドサマー』MIDSOMMAR 2019年 アメリカ 監督・脚本:アリ・アスター 出演:フローレンス・ピュー ジャック・レイナー ウィル・ポールター ウィリアム・ジャクソン・ハーパー ヴィルヘルム・ブロングレン ビョルン・アンドレセン 上映時間147分 日本語字幕スーパー版 翻訳:松浦美奈
2020年2月21日(土)日本公開
2020年3月7日(土)鑑賞 TOHOシネマズ上野 スクリーン1 午前9時の回 座席A列ー6番 入場料1200円(シニア割引)

(注意!)ネタバレあり

非常に不思議な映画。いや、ストーリー自体は取り立てて珍しいものではない。アメリカ人の若者たちが外国に行ったらトンデモない目に遭いました!というホラー映画の一つのパターンに過ぎないと言える。だが、映画はストーリーだけではない。例えストーリーが凡庸であっても映像がずば抜けているということがある。この映画がまさにそれだ。非常に特異な映像感覚が全編に溢れている。まさに唯一無二と言いたいほどに。それでいてよくある芸術映画のような難解さはない。立派にエンターテインメントとして成立している。

冒頭で描かれるのは、若い女性ダニーの妹と両親の死。妹は自動車から排ガスを家の中に引き込んでの自殺で両親はそれに巻き込まれた、という状況らしい。排ガスを吸い込むポンプを咥えた妹の遺体が印象的。ここでセリフによる説明などない。
絶望的な心情のダニーは恋人クリスチャンとその友達3人のスウェーデン旅行に同行することになる。外国に行くことによって気分が変えられるかもというほのかな期待があってのことか。だが、ダニーは情緒不安定でちょっとしたことで感情的になる。泣きながら家のトイレに駆け込むダニーが出てきたのはスウェーデン行きの飛行機内のトイレだったという(ここでも泣いている)ジャンプカットも「お遊び」という感じではではなく、混乱した彼女の心情そのままというふうである。
スウェーデンについた一行は、自動車でストックホルムから4時間というヘルシングランドに赴く。ここでワンショットだけ、自動車が走る道路が天地逆になるところがある。ここから全く別の世界に入るというサインだろうか。実に印象的。
ヘルシングランドの村に着いてすぐにダニーたちはドラッグを勧められ幻覚状態に陥る。ダニーは自分の足に草が生えているのを見る。ここから先は全てダニーが見た夢でした、となるオチかと一瞬思わせる。そういう仕掛けをいくつも用意している映画なのだ。そういえば、一番はじめに出てきたヘンリー・ダーガーを彷彿とさせる絵も意味深である。

ちょうどこの地は白夜の季節で夜になっても太陽が光り輝いている。そんな状況に慣れないアメリカの若者たちが、この村に住む住民たちが90年に一度行う夏至祭を自ら体験することになる。それは想像を絶した恐るべき祭りだった。
未開の地の秘祭が如何にもそれらしい雰囲気でおどろおどろしく行われるのと違い、これはスウェーデンという立派な文明国で碧眼金髪の白人たちが光り輝く太陽のもとで行うのが非常に特異で面白い。ホラーは暗いところでというパターンを外している。笑顔を絶やさない明るい人々がこともなげに行うから残酷さが増す。素晴らしい着眼点だ。ただ、こういう風にハリウッド映画に描かれてスウェーデン人が怒らないかと危惧したが、パンフレットの監督インタビューによれば、そもそもスウェーデンの制作会社から持ち掛けられた企画なのだということだ。凄い。

それまでも怪しい気配はあったけど、この村の住民とこの儀式の異常性が明らかになるのは、崖の上から男女の老人が一人ずつ飛び降りるところから。女は即死だが、男の方は息があったので、ハンマーでとどめを刺される。姥捨ての儀式のヴァリエーションか。この男の老人を演じるのが、映画史上最高の美少年と謳われたビョルン・アンドレセンなのも感慨深い。そういえば彼が出て一世を風靡した『ベニスに死す』(1971年)も「外国に行ったらトンデモない目に遭った」映画だった。
それまでどちらかと言えば淡々と進行して来たストーリーなのでこの崖落ちのシーンは極めてショッキングで残酷。
映画館でぼくの二つ隣の席に座って観ていた若い女性はこのシーンの直後に席を立って出て行ってついに最後まで席に戻ってくることはなかった。まるで映画の中でいつの間にか行方不明になる若者のように。

この儀式の異常性に気づいた若者たち、あるものは帰ろうとするが、あるものはこの儀式を研究して論文に書きたいと思う。ダニーはそのどちらでもなく、だんだん村になじんできているように見える。ダニーを含めてみんなドラッグに酔わされているのか、カルトな村の雰囲気にのまれているのか。論文書きたいっていうのも正常な判断とは思えない。
やがて一人、また一人と若者たちが消えていく。抵抗したり逃亡したりする術もなく。

儀式は進行する。クリスチャンは、性の儀式に誘導され、それを行う。一方、ダニーは、村のたくさんの女性とともにダンスコンテストに参加する。誰よりも長くダンスを続ければ、勝者は女王になる。その二つが並行して描かれていく。ここも見せ場である。
やがてダニーは優勝した。彼女は女王になった。そして、彼女は恋人クリスチャンが性の儀式を行っているのも知ってしまう。そのあとで彼女が選んだ選択肢は、あの有名な短編小説「女か虎か」の回答みたいである。虎じゃなくて熊ではあるけれど。
短編小説といえば、シャーリイ・ジャクスンの「くじ」も思い出した。あれも小さな村の奇妙な儀式の話だった。影響受けているかな。そう思っていたらこの映画にもくじ引きシーン出て来て笑った。

あらすじを断片的に紹介してもこの映画の魅力、いや魔力に届かないのがもどかしい。久々に映像それ自体を満喫した映画であった。監督が思う存分に自分のやりたいことをやり遂げた感じがして何だかすがすがしい。
そして、ヒロインのダニーを演じたフローレンス・ピューが非常に魅力的だった。ラストの笑顔が特に。
それにしても、このあとダニーはどうなるのだろうか。儀式は終わった。女王になったダニーはこの地に留まるのだろうか?

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