『細い線』 もしも人を殺したら

ミステリ『細い線〔新訳版〕』THE THIN LINE 1951年 イギリス エドワード・アタイヤ著 真崎義博訳 ハヤカワ文庫 2016年12月25日発行
2020年1月19日(日)読了

(注意!)ネタバレあり

妻と子もある中年男が不倫相手の女性を絞殺した。
この物語は、その直後から始まる。
犯人であるピーターが事件現場である部屋を出て町を彷徨う。ピーターの心理状態が描かれる。今まで犯罪とは無縁で生きてきた男が殺人という大罪を犯してしまった、そのことへの激しい後悔。そして、真実が露見されることへの不安。自らの人生を、家族を崩壊してしまうことへの絶望感。
それらが非常に迫真的なタッチで描かれ非常に面白い。この主人公ピーターに同情も共感もできないが、それでも、もしも自分が人を殺したらどうだろうと考えてしまう。しまいには、ぼくも人を殺した記憶があるんじゃないかと思ったりして。

ミステリとしては、所謂倒叙ミステリに入るのかな。冒頭から犯人のモノローグがあり、彼が犯人だということは明白。ただ、肝心の殺人場面や殺人に至る経緯や動機は書かれていない。そこに何らかの「仕掛け」があるのではと予想しながら読んでいくのだが、死体が発見され事件の捜査が始まっても一向に犯人であるピーターに捜査の手は伸びない、というよりも、この小説では警察は全く影が薄い。ほとんど出てこない。つまりこれは、警察なり名探偵なりが事件の真相を暴き犯人を逮捕する話ではないのである。あくまでも犯人の事後の心理の動きを追っていく小説なのである。それが分かると、些かミステリ風味に乏しい気がして少々飽きる。どんどんネガティブになっていくばかりのピーターにお付き合いしていくのがしんどくなる。

ところが、中盤あたりから様相が変わって来る。なんとピーターは、妻マーガレットに不倫と殺人を告白してしまう。そして、マーガレットはそれを受け入れてくれる。このことは二人だけの秘密にしようと言う。決してピーターに自首を勧めたり、離婚を申し出たりしない。
このマーガレットという女性も不思議な女性だ。夫が不倫していたばかりか、その相手を殺したのにそれを知っても激怒することもなく泣き喚くこともなく冷静に対処できるとは。怖い。

ここで今まで伏せられてきた殺人の経緯が明らかになる。ピーターの告白によれば、相手の女性セリーナは首を絞められることに快感を感じるタイプの女性でそれまでも何度もそういうプレイをしたことがある、と。事件の時はタイミングと力の入れ具合の違いで死に至らしめたのではないか、と。それを聞いたマーガレットはそれは事故だという。確かにその話を信じれば、明確な殺意がなく、単なるSMプレイ中の事故と言えるかもしれない。だが、本当にピーターに殺意はなかったのか、それはピーター自身にも確たることは言えない。

あまり動きのなかったストーリーだが、このあとにいくつかの出来事が起きる。一つはピーターの息子アンドルーが急病にかかり生死の境をさまよったこと。幸いにしてアンドルーを容態を持ち直し回復したが、父であるピーターはこれは自分の犯した罪に対する天罰であると考える。
もう一つは、ピーターの職場の同僚が会社の金を使い込んで逃走した事件。その男はほどなく逮捕されるのだが、ピーターにしてみれば、盗みよりももっと悪い殺人を犯した自分がまだ普通に暮らしていていいのだろうかという思いに捉われる。
やがてその思いは、自首するという結論に達し、ピーターはマーガレットにそのことを告げる。それに対してマーガレットが取った行動がこの小説の一番のクライマックス。やはりこの女性は怖い。
ここに至って、これが単に殺人者の心理を描いた小説であるにとどまらず、ひねりの効いたミステリになっている。

傑作。細い線 / 原タイトル:THE THIN LINE (ハヤカワ・ミステリ文庫 HM 50-2)[本/雑誌] / エドワード・アタイヤ/著 真崎義博/訳 - CD&DVD NEOWING
細い線 / 原タイトル:THE THIN LINE (ハヤカワ・ミステリ文庫 HM 50-2)[本/雑誌] / エドワード・アタイヤ/著 真崎義博/訳 - CD&DVD NEOWING

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