『世界ベスト・ミステリー50選 上下巻』 魂を穢してから浄化する

アンソロジー(ミステリ)『世界ベスト・ミステリー50選 上下巻』FIFTY BEST MYSTERIES 1991年 アメリカ EQMM-エリノア・サリヴァン編 小鷹信光=他訳 光文社文庫 1994年3月20日初版第1刷発行
2020年1月2日(木)読了

(注意!)ネタバレあり

2020年最初の読書。
1941年創刊のEQMM誌の50年にわたる歴史を記念してそれまで掲載された作品の中から50編を選んで編んだアンソロジー。2020年の今読むと正直言って何故選ばれたか分からないような作品なども見受けられ、決して傑作ぞろいとは言いかねるが、それでも結構面白く読める作品もあって決して失望はしなかった。面白かったもの、印象に残ったものについて簡単に感想を書いておこう。
 
「赤いかつらの手がかり」ジョン・ディクスン・カー
ごくありふれた殺人が犯人の思惑とは別に非常に複雑怪奇な状況を作ってしまうという一編。
公園で犯人に頭を殴打された女性は倒れる。犯人は女性が死んだものと思って立ち去る。ところが女性は死んでいなかった。女性は起き上がる。記憶が混濁している。自分が重症だという認識のないまま、彼女は女性専用のトルコ風呂に行き、服を脱いで入ったところで倒れて死ぬ。こんなところで死なれると困る経営者は死体を公園に運び下着を着せるが人の気配を感じ、それ以上はできず逃げる。偶然にもそこは女性が殴られた公園だった。そして、寒空の下、ベンチに座った下着姿の死体発見というわけ。
如何にも作り物じみているがそこが面白い。どこかダークなユーモアもある。ドイツ軍の空襲で灯火管制が行われている非常時のロンドンでの個人的殺人というのが面白いし、この時代にトルコ風呂なるものがイギリス人に愛好されていたというのも興味深い。

「ブルームズベリーの惨劇」トマス・バーク 
名作にして傑作「オッターモール氏の手」の作者トマス・バークの作品。そしてこれも「オッターモール氏の手」同様に殺人者の異常な心理を描いて実に怖い傑作になっている。
親しい友人家族4人を数分間で全員惨殺した男の話。何故そんな凶行に及んだのか。別に相手に憎悪や恨みがあったわけでもなく、金銭目的でもなく、誰かに命じられたわけでもない。殺人に喜びを見出す快楽殺人でもない。
彼の語る殺人の動機は、自分の魂を穢すこと。自分の中に長年貯めこまれた悪を解き放ち悪に生命を与えるために重大な罪を犯す。それによって抽象的な悪は具体的なものになる。魂は穢された。だが、穢されなければ浄化もできない。殺人という罪を犯すことによって、彼は苦悩から解放され自由になった。生まれて初めての安らぎを彼は感じた。

「ゲティスバーグのラッパ」エラリー・クイーン
南北戦争に従軍した3人の同郷の北軍兵士が故郷の町に無事帰還した。3人は戦時中に南軍の「財宝」を発見し、それをひそかに隠し、後で3人で分ける算段をしたという噂が流れていた。時が流れ、老いた3人だったが、一人また一人と不審な死を遂げる。何者かが「財宝」を手に入れるために殺人を行っているのか?たまたまその町に居合わせた名探偵エラリー・クイーンの推理が冴える。
事件の真相、犯人の正体はさほど驚くべきものではないが、「財宝」の正体には驚く。
実は、3人の兵士が見つけたのは大量の南軍紙幣だったのだ。国を二分した内戦である南北戦争に南軍政府が発行した紙幣。戦争は終結し南軍政府も存在しない時代には単なる紙屑に過ぎない。だが3人は、これをネタに故郷のみんなを担ぐためのジョークとして「財宝」の噂を広めたのだ。それが巡り巡って殺人に発展することは予想できなかった。実に皮肉な、しかし面白い話だ。

「優しい修道士」ディヴィッド・アリグザンダー
幼馴染みの少年二人、大人になると一人は修道士に、もう一人はならず者になった。そのならず者の男に自分の妹を麻薬漬けにされ殺された修道士は復讐を誓う。だが非力な修道士はどうやってならず者に復讐するのか。
その復讐のやり方は、クリント・イーストウッドの『グラン・トリノ』と同じ。相手を殺すのではなく、相手を挑発して相手に自分を殺すように仕向けるという方法。そううまくいくものかとは思うのだが、作品としてはなかなかうまくできている。この2作以外にもこういう結末の作品があるような気がする。

「萎えた心」ジーン・ポッツ
妻を自動車の転落事故に見せかけて殺すことに成功した夫。だが、彼は忘れていた。妻の愛犬を始末することを。いついかなる時も妻はその犬を連れていた。自動車での旅行ならなおさらである。何故、今回に限って犬を家に置いていったのか疑われるに決まっている。夫は、犬を殺そうとするのだが・・・。
ちょっと夫の考えすぎのような気もする。犬一匹に不自然を感じるのは杉下右京かエルキュール・ポアロくらいだろう。でも夫は考え悩み、結局犬を殺せない。そしてたかが犬一匹のために逮捕されるであろうという結末。妻はあっさり殺せても犬は殺せない心のやさしさ。

「標本」ロバート・ブロック
いかにもブロックらしいブラックユーモアあふれる残酷な話。自分の妻が浮気していることに気づいた夫はかねてから準備していたタイムカプセル計画に妻と愛人も参加させることにした。かくして未来に開けられるタイムカプセルに妻と愛人の死体が人類の標本として搭載されることになった。めでたし、めでたし。

つづく

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