『死の接吻』 美しすぎる殺人者

小説(ミステリ)『死の接吻』A KISS BEFORE DYING 1953年 アメリカ アイラ・レヴィン著 中田耕治訳 ハヤカワミステリ文庫 1976年4月30日発行 2012年9月15日30刷
2019年12月20日(金)読了

(注意!)ネタバレあり

古典的名作との呼び声も高い作品だが読むのは初めて。どんなストーリーかも知らずに読んだ。それが良かったのか非常に面白く読むことができた。名作の名に恥じない傑作である。

第一部ドロシイ。恋人ドロシイが妊娠したと知ったとき、「彼」の殺意は芽生えた。まだ互いに学生のみでありながら子供を持つということは「彼」の人生設計を大きく狂わせるものだった。結婚も論外だった。富豪であるドロシイの父は到底この二人の結婚など認めない。父の援助もなく、大学も辞め、貧しい労働者として生活しなければならない。「彼」の殺意は実際的な殺人計画に発展していく。

恋人の妊娠~殺人という流れは、映画『陽のあたる場所』(原作はシオドア・ドライサー『アメリカの悲劇』)を思わせるが、こちらはミステリ仕立てである。そもそも、「彼」の氏名が全く表示されていない。三人称で「彼」の視点から話を語っている。「彼」の過去、「彼」の性格・言動「彼」が恋人を殺すことを決意するまでの心理、殺人計画の一部始終、そして実際の殺人の顛末まで事細かに書かれているが、ただ一点、「彼」が誰なのかだけが分からない。非常にミステリらしい凝った趣向である。全三部構成で特に第一部は、犯人の視点から見た倒叙ミステリと言えよう。ただ、アイルズの『殺意』やクロフツの『クロイドン発12時30分』のような倒叙ミステリと違うのは、犯人が誰かわからないということだ。倒叙ミステリでありながら謎解きミステリであり、サスペンスでもあるというかなり巧妙な作品である。

シリアスな話になりそうなのだが、どこか「軽さ」があり、そこが大いに気に入った。「彼」は自分の頭脳に絶対の自信を持っていて、殺人もたやすいと思っているのだが、最初にドロシイを毒殺しようとしてあっさり失敗する。だが、「彼」はあきらめないで別の手段で見事にドロシイを殺す。ただ、これも結構きわどい殺し方。もし目撃者がいたら一発でおしまい。リアルなようでどこか作り物な感じが良い。
面白いのは、「彼」が自分の美貌にも過大な自信を持っていること。その美しさが逆に殺人決行の際の不安につながる。「もっと目立たない顔だったらよかったのに」と思うくだりには大笑い。自信過剰のナルシスト。

第二部エレン。ドロシイの次姉エレンは、自殺として処理されたドロシイの死に不審を抱き、恋人が制止するのも聞かず、探偵よろしく事件の真相を探る行動に出る。浮かび上がる二人の容疑者は、いずれもドロシイの大学のクラスメートだった。一体、どちらが「彼」なのか?
第二部はエレンの視点から語っていく。いわゆる普通のミステリらしい犯人捜しのストーリー。第一部で犯人視点のストーリーを追ってきた読者は、ここで出てきた二人の容疑者のうちどちらが犯人かと第一部を思い返しながら読むのだが、そこで明かされる意外なる真実に驚く。
まさか「彼」が彼でドロシイの死後にそんなことをしていたのか!してやられた。

第三部マリオン。ドロシイの長姉マリオンの話。第二部のラストで「彼」が誰だかばらされたので、第三部の興味は謎解きよりも「彼」の犯罪がいかに暴かれ裁きを受けるかということである。エンターテインメントなので「彼」が勝利するというのは後味悪いので、「彼」は罪の報いを受ける。勧善懲悪のパターンであるが、「彼」が何故このような人間になったかを解き明かす人間ドラマも垣間見せる。これが書かれた時代も作用しているのだろうか、「彼」がこうなったのは戦争に原因がある。特に戦場で一人の日本兵に面と向かって対峙し、彼を殺したことが長年のトラウマになっている。無残な死を遂げたあの日本兵のようになるまいと思いつつ、突っ張って戦後生きてきたが、「彼」のその思いが逆に殺人という強硬手段を取らせ、究極的に「彼」を追い詰めていく。「彼」は最期に思う「俺もあのみじめな日本兵と同じなのではないか」と。著者は「彼」に一滴の涙を注いでいる。死の接吻 (ハヤカワ・ミステリ文庫) [ アイラ・レヴィン ] - 楽天ブックス
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