『ジャック・オブ・スペード』 スティーヴン・キングごっこ

小説『ジャック・オブ・スペード』JACK OF SPADES 2015年 ジョイス・キャロル・オーツ著 栩木玲子訳 河出書房新社 2018年9月30日初版発行
2019年12月18日(水)読了

(注意!)ネタバレあり

人気ミステリ作家アンドリュー・J・ラッシュは、ある日、C・W・ヘイダーなる人物から窃盗の罪で訴えられる。動転したラッシュは、ヘイダーに電話をかけるが、出てきたのは老女だった。彼女が言うには、ラッシュが彼女の家に忍び込み、彼女の小説の原稿を盗み、それをもとに盗作して自作として発表しているというのだ。
「あなたが盗んだものを返してちょうだい。そして私に謝って。お金も借りがあるでしょう。印税がね」
ヘイダーはそんな風に一方的に捲し立てるがラッシュには全く身に覚えのないことだった。

ラッシュの一人称で語られる物語はこんな風に始まる。全く見ず知らずの人間から突然「盗作野郎」呼ばわりされるって事態だが、訳者あとがきによれば、これと同じような事態がラッシュならぬジョイス・キャロル・オーツの身にも起きたことがあるという。この小説と同じく老女が「私の家から原稿を盗んだ」と言ってきたらしい。同時にスティーヴン・キングにも。それは大事に至らなかったらしいが、それをネタにこうやって一編の小説に仕立ててしまうのだから、おかしな老女よりも作家の方が一枚上でしたたかである。

現実はともかくとして小説の方は、この明らかに常軌を逸した老女に関わったばかりにラッシュの人生は大きく狂っていく。それは単にこの老女がストーカーのように迫ってくるといった範疇ではない。老女に触発されてラッシュの闇が次第に大きくなっていくとでもいおうか。
ラッシュは「紳士のためのスティーヴン・キング」と呼ばれるミステリ作家だが、実はもう一つのペンネーム「ジャック・オブ・スペード」でより残酷で暴力的なノワール系ミステリを書いている。そのことは家族をはじめとして周囲の人間には秘密にしている。自分の作家生活の気分転換というかモヤモヤのはけ口として普段書けないものを書いているようだ。
この辺、なんだか凄くスティーヴン・キング的である。スティーヴン・キングもかつて自分の正体を隠してリチャード・バックマン名義の小説を並行して書いて出版していたことがあるし、そもそも作品としても異常な女性読者といえば『ミザリー』だし、別人格の自分というのでは『ダークハーフ』だし、ずいぶんスティーヴン・キングに似せて作っているなあ、と思った。そしたら、ちゃんとこの小説のなかにも『ダークハーフ』や『ミザリー』のタイトルも出て来る。こちらが指摘するまでもなくジョイス・キャロル・オーツはもちろん承知の上でこの作品を書いている。スティーヴン・キングの二次創作、パロディ、オマージュみたいなものである。
再び訳者あとがきによれば、ジョイス・キャロル・オーツとスティーヴン・キングは仲がいいということなので、これは仲間内のいわば楽屋落ち的小説なのかもしれない。

ただ、後半になるとだんだん話が変な方向進んでくる。
この異常にしか見えない老女がラッシュを追い詰めていくのかと思いきや、なんとラッシュが逆に老女の家に盗みに入り彼女の蔵書や原稿を探ったりする。そこでラッシュが見つけた原稿は未発表のものらしいが、なんとスティーヴン・キングの『シャイニング』の元ネタみたいなのだ。実は老女が言っていたことは妄想ではなかったのか。
ここははっきり結論づけていない。そもそもC・W・ヘイダーとはどんな女性であったのか。何か特殊な能力があってこれから書かれる本を先取りできたのか。それもはっきりしない。
結果的にラッシュがこの老女を殺してしまうのだが、そこのところもスッキリしない。別人格の「ジャック・オブ・スペード」が殺したのかとも思えるし、そうじゃない気もする。少年期にラッシュが弟を殺した(?)ことの罪悪感もあるのか。
まさに藪の中という感じでスッキリ割り切れないことばかり。そこが面白いところでもあり、ちょっと当惑するところでもある。
スティーヴン・キングだったらもっと明解で分かりやすいはずだ。そこがジョイス・キャロル・オーツとの大きな違いである。ジャック・オブ・スペード [ ジョイス・キャロル・オーツ ] - 楽天ブックス
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