『わらの女』 

小説(ミステリ)『わらの女』1954年 フランス カトリーヌ・アルレー著 橘明美訳 創元推理文庫 2019年7月31日初版
2019年8月13日(火)読了

(注意!)ネタバレあり

非常に有名で評価が高いミステリの古典だが、実は読むのは初めて。65年も前の作品だから結構古びているかと思いきや、今読んでもやっぱり面白い。凄くシンプルなストーリーだが読者をぐんぐん引っ張っていく力は相当なもの。古典名作の名に恥じない傑作。

ドイツのハンブルク在住の34歳の独身女性ヒルデガルトは、新聞に掲載される求縁広告欄にかねてから望んでいたような理想の相手を見つける。それは自ら大資産家と名乗る男性であった。早速、手紙を出した彼女はその相手に会うことになる。

この手の広告欄に夢を抱いているってのがそもそもどうかしているなあ、というのが最初の印象。ただ、今だってスマホの出会い系に夢を託している女性もいることだし、こういう女性にリアリティーがないかと言えばそうでもない。
それにこのストーリーには戦争が大きなバックボーンになっている。ヒルデガルト自身が戦争中のハンブルク空襲によって家族、友人をことごとく失い天涯孤独の身になったという設定で、それが彼女の人生観に大きな影響を与えている。彼女は、請負の翻訳仕事で何とか生計を立てている身分だから贅沢に憧れて大資産家なるものとの結婚を夢見ても不思議はない。それでこのような胡散臭い話に乗ってしまったわけだ。

相手から手紙が来て実際に待ち合わせて会ってみると、そこにいたのは資産家カール・リッチモンド本人ではなく秘書アントン・コルフであって、実は広告は彼が出したのだ。ヒルデガルトは、そのコルフの口からとんでもない「計画」を聞かされる。コルフがお膳立てしてヒルデガルトをリッチモンドに近づけ、結婚させようというのだ。さらにコルフはヒルデガルトを養女にする企みも明かす。勿論、リッチモンドはそのことを何も知らない。コルフ立案の結婚計画は見事に成功し、73歳のリッチモンドと34歳のヒルデガルトは結婚する。

初対面のコルフから持ち出された如何にも胡散臭く怪しい計画にいとも簡単に加担してしまうヒルデガルトの愚かさ。彼女自身、お金が目当てなのを隠そうともしない正直さがあるのだが、そこをコルフに見透かされている感じ。全く無防備。過去の体験がこういう人格を作ったのか。
この辺りでこのヒロインに対する共感や同情はなくなる。どうしたって自業自得と見えてしまう。それは、著者の意図するところだろう。拝金主義の愚かな女がその愚かさゆえにどんどん追い詰められていく様を楽しんでください、というサディスティックなメッセージを感じる。
著者のカトリーヌ・アルレーはフランス人だが、この小説にはフランス人はほとんど出てこない。ヒルデガルトもコルフもリッチモンドもハンブルク生まれのドイツ人だし、後半はアメリカが舞台でアメリカ人の刑事が出て来るのみ。被害者も容疑者も真犯人もドイツ人。
なんだか、フランス人女性が恨み骨髄のドイツ人に意趣返ししているようにも思える。第2次世界大戦終結からまだ9年しか経っていない1954年出版の本だからそれも無理ないかもしれない。

ある日、リッチモンドが死んでいるのを発見したヒルデガルトは、コルフの指示で短期間、リッチモンドの死を隠蔽しなければならなくなる。

あまりサスペンスシーンのないこの小説の中では一番サスペンスフルな部分。この辺は映像向き。
リッチモンドは停泊中の船で死んだのでそこから自宅まで死んでいることを周囲に悟られずに死体を運ぶか。リッチモンドは車椅子生活だったのでそれに座らせて押していけばいいのだが、それでも途中で様々な難関が・・・。
グロテスクな見せ場であると同時にブラックユーモアも感じさせる。ヒロインを心理的にサディスティックに痛めつけるシーンの連続が面白い。
その後、リッチモンドの死が発覚し、さらに彼が殺されたことが分かると、当然ながらヒルデガルトに嫌疑がかけられる。執拗な刑事の追及。
この辺も先ほどのアクション的見せ場引き続き、ヒロインを心理的に責め立ていく。

さらにダメ押し的にすべての計画の立案者コルフが真相をヒルデガルトに明かし、彼女を完膚なきまでに叩き潰す。ここで心理的サディズムは頂点に達する。
コルフの結婚計画は、実は殺人計画だったのだ。ヒルデガルトはまんまとその罠に嵌まり、一つの駒として使い捨てられた。ハンブルク出身のコルフがハンブルク在住のヒルデガルトを計画に引き入れたのも彼の周到な計算によるもの。何故なら連合軍のハンブルク空襲によってハンブルク市民の公的記録の大半は失われていたから。ヒルデガルトやコルフの過去の記録も消滅した。それがコルフにとっては好都合。戦争による破壊と混乱を個人的な殺人計画に巧妙に利用する頭の良さ。
ここに至っても、ヒルデガルトへの同情心とかが湧かない。むしろ完璧な殺人計画を企み、実行し成功したコルフの方を賛美したくなる。普通とは真逆である。勧善懲悪の反対でヒロイン(善とは言いけれないが)は冤罪で自殺して、悪は勝利しコルフには輝かしい未来が待っているというラストに著者カトリーヌ・アルレーの底意地の悪さが全開している。非常に面白い。爽快感すらある。

この小説に法律的に大きなミスがあるのは有名で確かにこれは免れようもないが、それでも小説としての魅力は減じない。

ヒルデガルトに一粒だけ涙を流すなら、彼女が終戦末期に出会った兵士と一夜だけセックスして、朝になるとその兵士はいなくなっていたというくだり。戦争に翻弄され人生を狂わされた女性にとってわらの女/カトリーヌ・アルレー/橘明美【1000円以上送料無料】 - bookfan 2号店 楽天市場店
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