『世界推理短編傑作集 第4巻』 

アンソロジー(ミステリ)『世界推理短編傑作集 第4巻』江戸川乱歩編 創元推理文庫 新版・改題2019年2月15日初版
2019年2月23日(土)読了

(注意!)ネタバレあり

アンソロジーリニューアル版。短編全9編収録。

「オッターモール氏の手」(1929年)トマス・バーク
シリアルキラーを描くサイコミステリの古典的名作。昔読んだ時はこの強烈なオチが印象に残ったが、久々に読んでみると、むしろ他の部分が面白くて感心した。特に犯人の心理描写。
ここでは、何件も殺人を起こしながら結局逮捕されることもなく誰にも知られずに(知った者は殺された)人生を全うした犯人が描かれる。彼には所謂動機がない。強いて言えば突然殺人衝動に駆られたからとしか。そこに快楽殺人の要素はない。しかもある時期に連続して殺して、それで何かが吹っ切れたのか、二度と殺人は犯さない。彼に良心の呵責もないし、かといって自らの殺人を自慢することもない。他の人にとっては重大な事象である殺人も彼にとっては人生に起きた一つのエピソードに過ぎない。やがて記憶のなかで薄れて行く些細な事であり、その後の人生を送っていくうえで何の支障にもならない。
連続殺人を犯しながら、真っ当に平凡に普通に人生を生きて行くことができる者の恐ろしさ、これこそサイコである。

「信・望・愛」(1930年)アーヴィン・S・コッブ
三人の囚人が護送される列車から脱走し、行きついた先は・・・。

きちんと律儀にいわば教科書的に作られた「よく出来た短編小説」の見本のようなお話。勧善懲悪、因果応報、伏線回収。今となっては単純すぎる気がするけれど、そこが味。
先が読める話、というのはむしろ貶し言葉だけど、これはあえて先が読める話にしてあって、「ああ、ヤッパリそうなったか」と思わせる。
三人の囚人は、フランス人、イタリア人、スペイン人で、それが異国であるアメリカで捕えられ本国に送還され刑罰を受けることが決まっている。例えば、フランス人はギロチンで処刑される、その恐怖を語るのだが、もうこの時点で「読める」。その後、彼は脱走して逃げた先でその恐怖を違う形で体験する。他の二人も同じ。
面白い。

「密室の行者」(1931年)ロナルド・ノックス
奇想としか言いようのない密室トリックが登場する。この世にこんなことまでして殺人を犯す者がいようとは思えないし、そもそもこんなトリック、現実に実行可能なのか。簡単に書いているけれど、人力でベッドを吊りあげるって途方もない苦労なんじゃないか。
ま、奇想なので、別に現実味がなくても構わないし、むしろその方が面白い。よくもまあ、こんな変な事考えたものだと呆れ、感心するばかり。
ただ、気になったのは作中のイギリス人が、インド人を評する言葉に悪意と差別があること。ここに出て来るインド人は犯罪者ではあるのだけど、それにしても、という感じ。戦前の植民地時代のイギリス人の感覚ってこんなものか。

「スペードという男」(1932年)ダシール・ハメット
有名なハードボイルド派の私立探偵サム・スペード登場。それにしても、サム・スペード君、やけに警察と仲が良すぎないか。事件現場にやって来て、そこに既にいる刑事たちみんな知り合いでしかも好かれている感じ。あれ~、ハードボイルドの私立探偵って、刑事たちに忌み嫌われ、邪慳に扱われ、悪口言われ、妨害され、パンチを一発お見舞いされたりするんじゃなかったのか。ここでは、現場検証にも立ち会うし、刑事による事件関係者の事情聴取も一緒に聞いているし、色々情報も貰ったりしている。
で、結局謎解きするのは刑事くんたちではなく、名探偵サム・スペードなの、調子よすぎないか。

「二壜のソース」(1932年)ロード・ダンセイニ
一人の男と同居していた少女が失踪した。警察の執拗な捜査にもかかわらず、少女の行方はついに分からなかった。当然男には、少女殺しの疑いが掛けられたが、もしも殺したとしても少女の遺体が何処にあるのかさえ分からなかった。
簡単に言ってしまえば、死体処理方法を巡るオハナシ。ま、すれっからしの現代の読者ならすぐ真相に勘づくだろうが、この小説の眼目はそこにはない。何というか、ブラックユーモアというか、どっかすっとぼけた不思議なセンスの小説なのだ。ラストの一行などまさにそれである。

「銀の仮面」(1932年)ヒュー・ウォルポール
ある初老の女性が街で偶然出会った美青年、彼は次第にその女性に近づき、侵食し、支配していく。
全くの赤の他人によって日常的な生活が破壊され、自由を奪われ、何もかも失ってしまうというパターンの話の元祖的作品。フィクションにとどまらず、実際にこういう手口に似た犯罪が起きたこともある。
だが、この作品がそれらと一線を画すのは、この青年が恫喝や脅迫といった言葉の暴力や、もっと単純な肉体的な暴力を行使することが一切ない点だろう。あくまで平和的に穏やかに人の心に付け入り、のっぴきならないところにまで落ち詰めてしまう。あくまで微笑みを絶やさずに。
そこが素晴らしい。

「疑惑」(1933年)ドロシー・L・セイヤーズ
第3巻収録のアガサ・クリスティ「夜鶯荘」と好一対の作品。どちらも家庭の中に殺人鬼がいるかもしれないという疑惑を抱くというお話。「夜鶯荘」では、妻が夫を疑うが、こちらでは夫が料理女を疑う。どちらも日常の中に忍び込む非日常の恐怖を巧みに描いて甲乙付け難い出来栄え。両方ともオチが凝っているし、ラストの一行が怖い。






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