『星新一 一〇〇一話をつくった人』 気まぐれ星のゆくえ

『星新一 一〇〇一話をつくった人』最相葉月著 新潮社 2007年3月30日発行 2007年5月15日四刷
2018年8月31日(金)読了

長谷邦夫の『漫画に愛を叫んだ男たち』(清流出版)を読んだら、星新一に関するエピソードが出てきた。長谷は、SF同人誌『宇宙塵』の同人だったので、同じく同人だった星ともかなり前から面識があった様子で、星の「1001話」記念パーティなんかにも参加している。そんな星新一の人となりを知りたくてこの『星新一 一〇〇一話を作った人』を読んでみた。11年目の刊行で、かなり話題になった本。今もって星新一について書かれた本では決定版と言ってよさそうだ。

星新一の生涯を辿っていく伝記ではあるが、まずは、星新一の父親星一という人物が取り上げられる。本当のことを言えば、この星一の人生の方が波瀾万丈で紆余曲折があり、栄光と挫折の繰り返しであり、実にドラマティックである。大河ドラマの主人公並みの豊富なエピソードの持ち主だ。残念ながら、星一と比較すると、その長男である星新一(本名:星親一)は大人物の御曹司で大事に育てられたせいか、どこか天然でひ弱な感じがする。そして、父親の大事業の失敗の尻拭いをしなければならなかった不幸な巡り合わせもある。
これはこれで別の意味でドラマティックである。大人物の大事業を、しかもそれが傾いているところを息子だからと引き継がねばならない者の悲劇のドラマ。星新一が作家になる前のこういう時代の話はほとんど知らなかったので非常に面白く読んだ。ただ、星一に関しては著者による克明な調査を持ってしても謎の部分が今なお残る。満州での事業のこととか。
星親一に異母兄弟がいたことも初めて知った。この人物のエピソードも非常に興味深い。

全体の三分の一くらいが、作家になる前の話で、そのあとは作家時代の話。父親の会社を潰し、社長の地位を降り、無職になった男が、他に当てもなく作家になろうとする、なんて話はどうにも悲惨な感じがしそうだが、不思議にそんな風には感じない。粉骨努力の結果とか起死回生の策みたいな言葉はどうも星新一には似つかわしくない。なるべくしてなった。他の道はなかった。最初から実業家ではなく作家が天職だった。そんな感じ。
従って、厳しい文学修業とか、同人誌仲間との切磋琢磨とか、編集者との確執みたいな面白エピソードがまるでない。最初から独自の世界を構築していて、他にライバルもいなくて超然として作家活動を行っていた。
また一方で直木賞候補に挙がりながら直木賞を取れなかったことを後年まで気にしていたという話もある。その矛盾が如何にも人間らしいと言える。

星新一とともに最初期の日本SF界の動向が細かく描かれているのが、非常に興味深い。懐かしい名前がいっぱい出て来て胸が熱くなるのは、ぼくもかつてはSF少年だったからだ。
SF作家としてデビューした星新一がショートショートの専門家と見られるようになって、だんだん特別な存在になって、SFファンも離れて行き、星雲賞が授けられることもなかったというのもまたシビアな話。少年もいつまでも少年ではない。

この本のタイトルにもなっている「一〇〇一話」達成の話もめでたいというよりも悲惨で残酷な話のように見える。作品を生み出すことに限界を感じた男が、それこそ起死回生の策として「一〇〇一話」という目標を掲げ、自分にあえてプレッシャーをかけ、叱咤激励しつつ、執筆していく姿は鬼気迫るものがある。父親の会社を潰しても悲惨さはさほどないが、こちらは自分の作家生命がかかっているから悲惨でもなんでもやるしかない。
結果的にマスコミに大きく取り上げて話題になってみんな褒めたが、何誌にも同時に掲載という形を取ったので、結局どれが記念すべき一〇〇一話なのか星を含めて誰にも分からず、またそれらの作品が飛び抜けた傑作だったということもない。それどころか、当時の編集者たちは内容も覚えていない・・・。

もっと悲惨と残酷というか、作家の恐るべき業を感じさせるのは、星新一が過去の作品の手直しを始めたというエピソード。自分の作品を自分で読み直して時代に合わないと思われる単語や表現を書き換え、削っていくという作業。本来、星新一の作品は時代色なんかは少ない方ではあるけれど、それでも探して行けば、それは当然気になるところも出て来るだろう。
電話という極めて日常的なもの一つとっても、ダイヤル式、プッシュフォン、はてはケータイ、スマホに至るまで変遷が目まぐるしい。「ダイヤルを回す」が古くなったから若い人に分からない、それで書き換えるってやって行ったらきりがない。だが、そうせざるを得ない。自分の死後も作品が残ることを思えば。
何だかフレドリック・ブラウンの短編を思い出す。一人の詩人が、無人島に流れ着く。男は過酷な無人島暮らしの中で詩作に生きがいを見出す。彼は一編の詩を書き、それを吟味し、手直しし、気に入らない字句は削除し、どんどん詩の芸術度は高まっていく。彼は詩を削りに削って、ついに究極の4文字からなる詩が完成した。その後、無人島から救出された詩人は、母国に帰っても、終生、その4文字の言葉しか話さなかった・・・。
もちろん、そのあとにブラウンらしいオチがあるのだが、ブラウン好きの星新一はあれが念頭にあったのではないか。
身も蓋もないことを言えば、そういう修正作業をするということは新しい創作に意欲が湧かない、創作できないということであろう。作家としての終わりである。悲しいことではあるが、それもまた人生。

星新一 一〇〇一話をつくった人
新潮社
最相 葉月

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