『世界推理短編傑作集1』 ロンドンで四番目に頭の切れる男

アンソロジー(ミステリ)『世界推理短編傑作集1』江戸川乱歩編 創元推理文庫 1960年7月24日初版 2015年5月15日80版 新版・改題2018年7月13日初版 
2018年7月13日(金)購入
2018年7月15日(日)読了

(注意!)ネタバレあり

創元推理文庫の記念碑的アンソロジー『世界短編傑作集 全5巻』が、発行から58年ぶりに新版・改題に加えて作品も増補、更に新訳も加えて、リニューアルしたもの。まずは第1巻である。
旧版はぼくにとっても非常に思い出深い。何しろ、1969年12月24日、小学校6年生の時に自分のお小遣いで初めて買った「大人向けの本」なのだから。ちなみにあの時買ったのは、何故か第2巻だった。
それまで子ども向けにリライトされた作品はたくさん読んでいたが、大人向けは初めて。自分がちょっぴり大人になった気がした。それから、クイーンやクリスティーやカーをどんどん読んでいくのだが、それは別の話。

さて、肝心の新版であるが、まず今回出た第1巻は、全部で8編の短編を収録してある。旧版と違うのは、旧版になかった「盗まれた手紙」と「赤毛組合」が追加されたこと。あと、「放心家組合」が外されたこと。後者については、巻末の戸川安宣氏の解説でも触れられていないが、おそらく分量の点で第2巻の方に回されたと思う。
ともあれ、ここに収められた短編はいずれも古典的作品でモノによっては何度も読んだモノもある。でも、この機会に久々に読んでみるのも一興であるし、実際に読んでみると色々な発見があった。
以下に個別の感想を書いておく。

「盗まれた手紙」エドガー・アラン・ポオ
古典中の古典。でも、ちっとも古臭いという感じがしないんだなあ。今でも十分面白い。
この作品は、「ものの見方」を教えてくれる。固定観念に囚われず、物事を見ること。相手がどのレベルでどのような考え方をするか、相手のレベルに自分を合わせて考えてみる。いちばん気付かないのは、自分のすぐそばに、それこそ目の前にあるものだ。灯台下暗し。心理の盲点。
それは小難しくなく分かりやすく面白く物語にしている。無能な警察が手も足も出ない事象を素人探偵がアッサリ解き明かす痛快さと毒とユーモアが既にここにある。

「人を呪わば」ウィルキー・コリンズ
報告書の形態で書かれた物語。叙述型トリックの先駆とも言える。
まず一人の刑事の報告書が提示され、だんだん刑事が私情を挟んだことによって推理は妄想になり、トンデモナイ方向に盗難事件の捜査が進展していく過程が描かれる。結構ユーモラスな展開。そして、後半は刑事の上司による報告者で前半の捜査と推理が全てひっくり返される。
これも無能な警察を笑い、あとで有能な警察を出して花を持たせるという構成。「盗まれた手紙」もこれも反警察・反権力とまでは言わないが、どうも警察をおちょくっている感があり面白い。

「安全マッチ」アントン・チェーホフ
死体なき殺人事件(らしきもの)の捜査が、警察・検察のトンデモ推理と妄想によって誤認逮捕を産むが、やがて脱力するような意外な真相が明かされる、作者チェーホフ云うところの「探偵物語のパロディ」である。
これも無能な警察・有能な警察の構図は同じ。19世紀後半の推理小説創世期に既にこういう作品が書かれていたのが面白い。ポオもコリンズもチェーホフもユーモアがあり、知的なセンスが光る。おどろおどろしさは皆無。
そこが非常に興味深い。

「赤毛組合」アーサー・コナン・ドイル
シャーロック・ホームズものとして、一、二を争う傑作。何よりも発想がずば抜けている。とても犯罪に関係なさそうな「赤毛組合」という珍奇なオハナシが、やがて綿密に考えられた犯罪計画の一環であったという面白さ。このヴァリュエーションは後年散々出て来たが、やはり最初のこれが一番だろう。
これもユーモアが随所にある。特に感心したのは、ホームズがいつものように初対面の人の職業だの人生だのを見抜いてズバズバ当てるシーンで、種明かしすると、相手が「なんだ、そんなことだったのか!」と言うところ。ホームズの得意技を自虐ネタにしたギャグと思った。
まあ、この犯罪計画にリアリティーがあるかと言えば、それはどうかなと思わざるを得ないけれど。
これも、さほど有能ではない警察を尻目に名探偵ホームズが事件の謎を見抜くという図式。昔から、警察は道化役だった。
作中でホームズが、犯人ジョン・クレイを「あいつはこのロンドンで四番めに頭の切れる男だ」と言っているのが面白い。じゃ、その上の3人は誰なの?ホームズ、兄マイクロフト、モリアーティかな。

「レントン館盗難事件」アーサー・モリスン
リアリティーがないっていえば、これもそうだろう。盗難事件の犯人は人間じゃない。●●を訓練してモノを盗むようにするって、そんな無理でしょ。でも小説ならば、まあアリという気がする。成功ばかりじゃなくて、●●は相当失敗しているのではと匂わせるのは上手い。これも警察が解決できない事件を私立探偵が解決するオハナシ。
これもユーモラスな一編。

「医師とその妻と時計」アンナ・キャサリン・グリーン
ここまでユーモア風味の短編だったが、これはユーモアのかけらもない大時代なメロドラマ。銃撃による殺人事件の裏に潜む盲目の医師とその妻、そして時計の物語。
容疑者である盲目の医師の射撃能力を検証するために、彼に実弾入りの銃を持たせるというのが、無理というより無茶苦茶。ラストの悲劇を演出するための御都合主義と言われても仕方ない。作品としても到底高く評価できないが、今となっては珍品として楽しめる。

「ダブリン事件」バロネス・オルツイ
有名な「隅の老人」シリーズの一編。ほぼ全編が「隅の老人」が語る過去の事件のオハナシというのが、今一つよろしくない。明かされる真相は面白いのだが、構成に難ありという気がする。
これも警察・検察よりも事件を見ぬいている素人の話。みんなこういうの好きなんだな、書く方も読む方も。

「十三号独房の問題」ジャック・フットレル
警察より勝れている素人の究極がこの作品に出て来る通称「思考機械」のヴァン・ドゥーゼン教授である。教授というくらいだから、私立探偵ですらない。それが思考実験として、実際の刑務所に囚人として入り、みごと脱獄して見せると豪語し、警察に挑戦する。こんな奴いるわけない、けれど、リアリティーくそくらえでこういうのは実に面白い。昔読んだ時は、刑務所がボロすぎないか、とか外部に協力者がいるのはズルいとか思って素直に楽しめなかったが、思考機械の気持ちになれば、じつに楽しい。ユーモア溢れるこの作品にイチャモンつけるのは野暮だなあ、と今さらながら思う。久々に読んで一番株が上がった作品。

ちなみに全8編中のベスト3は、
1「赤毛組合」
2「盗まれた手紙」
3「十三号独房の問題」
である。

世界推理短編傑作集1【新版】 (創元推理文庫)
東京創元社

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 世界推理短編傑作集1【新版】 (創元推理文庫) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック