『カナリア殺人事件』 歌を忘れたカナリアは裏のお山に捨てましょう

『カナリア殺人事件』THE CANARY MURDER CASE 1927年 アメリカ S・S・ヴァン・ダイン著 日暮雅通訳 創元推理文庫 2018年4月20日初版
2018年5月4日(金)読了

(注意!)ネタバレあり。アガサ・クリスティーの『アクロイド殺し』のネタバレもあり。

S・S・ヴァン・ダインによる名探偵ファイロ・ヴァンスの「殺人事件」シリーズの第2作。
昔々、同じ創元推理文庫から出ていた井上勇訳を読んだことがあるが、中学生にはどうにも難しくて、そのくせトリックも古臭くてつまらない、という感想を抱いたのを記憶している。
で、47年ぶりに新訳で読み直したわけだが、これはしたり、思っていたよりもずっと面白く読めるではないか。『僧正』『ベンスン』それに『カナリア』と続いた日暮雅通の新訳が、読みやすく分かりやすくとても楽しい。

何しろ1927年出版のミステリだから、色々と古臭いのは当然で、まあ、その辺は目をつぶって読むしかない。例えば、ラストで犯人のアリバイ作りのためのトリックをファイロ・ヴァンスが暴くくだり、いくらなんでも警察が蓄音機の存在を看過していたというのは、今だったら考えられない。
男である犯人が被害女性に似せて裏声で蓄音機の音盤に女性の声を録音しておいて、女性を殺し、その場を立ち去り、その後で蓄音機から女性の声が聞こえてきたので、殺害時間を誤魔化して自分のアリバイ成立っていうのはなんぼ何でも困ったもんである。しかも、この動かぬ証拠を回収できず、犯行現場にそのまま放置しておくというのは、あまりにもムチャすぎるのではないか。まあ、ヴァンスの心理的探偵法では、犯人像をそういうムチャやる人物と推定していたのではあるが。
この小説の前年に刊行されたアガサ・クリスティーの『アクロイド殺し』では、ディクタフォンに被害者の声を録音しておいて時限装置で再生し、アリバイ工作するくだりがあり、明らかにそれを踏まえてのものだろう。ただ、あっちの犯人はちゃんとディクタフォンを回収しているが。どう見てもクリスティーの方が上。

それでも、小説としては面白い。古風な探偵小説の良さと言おうか。ハッタリが効いていると言おうか。実際、事件としては小粒だし、ストーリー展開が抜群に上手いというわけでもない。警察の捜査も型に嵌りすぎていて、どう見ても有能とは思えない。この手の探偵小説の常として容疑者たちへの尋問に次ぐ尋問のシーンの連続で普通なら飽きてしまうところ。が、上手くしたもので、そこは名探偵ファイロ・ヴァンスのお蔭と言おうか、彼が警察の捜査、検察の読みにことごとく茶々を入れ、正論を吐き、皮肉を言い、混乱させるものだから、退屈極まりない筈の尋問シーンも面白くなる。昔、読んだ時は、このヴァンス名探偵が傲慢で鼻持ちならない嫌な薀蓄語りの気障な奴という感じだったが、今はむしろ愛嬌を感じるし、彼をこういうキャラに仕立てたのもこの小説を面白くするためだったのだ、という気がする。このくらい突飛なキャラでないと話が持たない。
『僧正』『ベンスン』『カナリア』と再読して、意外なことにファイロ・ヴァンスが好きになって来た。

前作『ベンスン』では、「10分で犯人が分かった」と豪語していたヴァンスが、ラスト近くまで犯人が分からず、ついに容疑者三人とポーカー勝負して、彼の特異な心理的探偵法で犯人を割り出す、という趣向がなかなか面白い。もっともラストは、蓄音機という物的証拠に頼らざるを得ないわけだが。
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