イーデン・フィルポッツ『赤毛のレドメイン家』を読む まるで天使のように邪悪

『赤毛のレドメイン家』THE RED REDMAYNES 1922年 イーデン・フィルポッツ著 宇野利泰訳 創元推理文庫
2018年4月2日(月)読了

(注意!)ネタバレあり

非常に有名な古典的探偵小説だが、実は読むの初めて。若い頃に読もうとしたことはあったが、古くて(当たり前)地味で重たそうなので、どうもちゃんと読む気がせず、敬遠していた。今思えばもったいないことをした、こんなに面白いのに。でも逆に言えば、年取った今だからこそ面白く読めるのであって、若い頃はたとえ読んでもピンとこなかったんではないか。
ま、そういうことにしておこう。

古いと言えば、確かに古い。96年前の作品だから。作中の警察の捜査方法なんか、今とは随分違う。だけど、そういう時代なんだからしょうがない。
例えば、事件現場らしき場所に大量の血液が残されているが、被害者の遺体も加害者も見当たらない。その血液がどちらのものかも分からない。せいぜい、動物の血ではなく、人間の血である、ということが辛うじて分かるだけ。今だったら(そら、出た!)、DNA鑑定してすぐ分かるのに。
ストーリー展開も何だか遅い感じがして些かカッタルイ。もっとも、このところ、『アクロイド殺し』『ベンスン殺人事件』『僧正殺人事件』それにこれと1920年代の探偵小説を続けて読んできたので、この遅いテンポもまあ割と慣れてきてはいるが。

そんな被害者も加害者も行方不明という事件の謎を追うのは、たまたま事件の地ダートムアに休暇で訪れていたロンドン警視庁刑事マーク・ブレンドン。死んだと目される被害者マイクル・ペンディーンの妻ジェニーの頼みを聞いて、地元警察と共に捜査に当たるマークだが、職務とは別にこの美貌の女性ジェニーに恋をしてしまったのだ。
捜査する側が事件関係者に恋するっていうのはヨロシクないが、マークの思いは募るばかり。と言ってもジェニーにはマークは眼中になく、要するにマークの片思い。それでも、ジェニーのためにせめてこの事件の謎を解こうと努力するのだが、犯人と思しきジェニーの叔父ロバートは依然行方知れず、事件は混迷を深めるばかりで、遂には第2の事件が・・・。
それまでは有能な刑事だったはずが、恋に落ちたことによって、事件捜査の方も五里霧中を彷徨い、大失態を犯してしまう。地元警察はその他大勢という感じであまり姿が見えないので、マークの単独捜査みたいな感じで、そのダメダメな姿は、所謂「名探偵もの」のパロディに思えてくる。
そして、作品のほぼ半分を過ぎたあたりで、元刑事の探偵ピーター・ガンズが登場し、マークは主役の座を彼に明け渡し、ワトソン役を務めることになる。この辺もパロディっぽい。名探偵の途中交代とは!
しかも、次の主役ピーター・ガンズも自画自賛するほどの名探偵でないところが面白い。彼の判断ミスと指示ミスによって第3の事件が起きてしまうのだから。

探偵側がその体たらくなのに、では犯人側といえば、なかなか姿を現さない。3人の人間がおそらく殺されたらしいが死体は見つからず、そして犯人もまた姿を消してしまう。
やっとクライマックスにおいて、犯人およびメイントリックがピーター・ガンズによって暴かれる。登場人物の数が少ないので犯人の意外性は乏しいし、一人二役のトリックもあまりにも古典的過ぎて、今さら感強し。
だが、逮捕された犯人が自ら綴った「告白」は衝撃的で今なお読むに堪える。

犯人は既に15歳のときにそれほど深い動機もなく殺人を犯していた。だが、彼が犯人と指摘されることもなく成長した。彼はニーチェの超人思想の信奉者でもあった。そんな彼が出会った運命の女こそ、彼を連続殺人に導いたジェニーだった。そして、殺人の被害に遭ったと思われた彼女の夫マイクルが実は犯人であり、全くの別人に成りすましていたのだ。
ジェニーとマイクルは共謀し、ジェニーの叔父3人を殺す計画を立てた。動機は、勿論遺産。それと、二人の結婚を反対されたこと、さらに第1次大戦中に戦地で闘うことがなかったマイクルが彼らによって罵倒されたこと。それに対する復讐の意味があった。戦時下で臆病者と罵倒されたのが殺人の動機の一つというのが興味深い。叔父ロバートが、戦地において戦闘神経症(シェルショック)を患ったことと併せて、戦争というものが如何に人の心に影を落とすか、である。
マイクルが、戦争に行かなかったのは、別に平和主義者であるとか、反体制的組織にいたとかではなく、ただ単に愚鈍な連中が始めた戦争で有能な自分が死ぬことがバカバカしかったからだ、という主張が興味深い。15歳でほとんど無意味に人を殺した男が平和主義者であるわけがない。
もっとも、マイクルの語る動機も全て信じていいのか疑問である。動機付けして自分を納得させてはいるが、実は殺人が楽しいだけという気がする。非常に手を込んだ殺人計画を立案し、架空の人物を作り上げ、それになり切ったお芝居をする、好きでなければできない。

一方、彼の共犯であるジェニーについては良く分からない。クライマックスで死んでしまうので、彼女の本心が聴けることはない。マイクルの告白について類推するしかない。実の叔父を3人とも殺すというマイクルの計画に乗った(もしくは、彼女が主導した)心理はどんなものだったか。恋に迷ったマーク・ブレンドンをどう思っていたのか。ただ単にバカにして犯行に利用しようとしただけなのか。彼女は、どの程度の悪女だったのか。そこが謎のまま。
ただ、一つ言えるのは、絶対に出会ってはいけない二人が出会ってしまったのは、不幸と同時に幸福だったのではないか。

ラスト。ピーター・ガンズに送られた(贈られた)マイクルの形見の品でこの恐るべき物語が締められるのは非常に上手い。ここはいつまでも印象深く心に残るシーンである。
赤毛のレドメイン家 (創元推理文庫 111-1)
東京創元社
イーデン・フィルポッツ

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