S・S・ヴァン・ダイン『ベンスン殺人事件』を読む  アガサおばさんの遺産

『ベンスン殺人事件』THE BENSON MURDER CASE 1926年 S・S・ヴァン・ダイン著 日暮雅通訳 創元推理文庫
2018年3月29日(木)読了

(注意!)ネタバレあり

中学生の時に読んで以来、久々の再読。昔読んだのは、同じ創元推理文庫の井上勇の訳本。中学生には、些か重厚すぎて難しく読むのに一苦労した記憶がある。
で、何十年振りかで日暮雅通の新訳で読むと、これはしたり、軽快にスラスラ読めてしまう。こんなに面白いものだったとは!
翻訳によって随分違うものだ。加えて、ぼくも成長しているってことかな。頑固で視野が狭い中学生に比べると、許容範囲が広がり、人間的にも丸くなったか。それで面白く読めたのかもしれない。
傲慢で饒舌でやたら芝居がかっている名探偵ファイロ・ヴァンスを昔は嫌いだったが、今読むと、昔と同じく傲慢で無礼な奴ではあるけれど、なんか愛嬌も感じてしまう。

作家S・S・ヴァン・ダインの推理小説デビュー作であると同時に彼の生み出した名探偵ファイロ・ヴァンスのデビューである。ヴァン・ダインはこれを書く前に膨大な数の推理小説を読破し、研究分析していたという。そこで、おそらく他の作家が書かないような推理小説、唯一無二のユニークな探偵、を作り上げる決意が生まれたのではないか。92年前の実に古い作品だが、今読んでも斬新さを感じることができる。
何が斬新か、それは主人公である名探偵ファイロ・ヴァンスの探偵法である。

アマチュア探偵であるファイロ・ヴァンスは、犯罪捜査のプロである警察がやるようなことをすべて否定する。もうそれは気持ちがいい程に。
「物的証拠と状況証拠だけをもとにした推理では犯罪を解決できないって、いつになったらわかるんだろう?」
「自白はどんな形の証拠よりも危なっかしくて頼りにならない」
「動機があるってことは、犯人だという証拠になんかならない」
「機会をつくることもできれば、にせのアリバイほかさまざまなトリックで機会があったのを隠すこともできる」
と、云った具合に物的証拠も状況証拠も自白も動機もアリバイもダメ出しする。
では、ファイロ・ヴァンスの探偵法とは?
「犯罪の心理的な要因を分析して、それを人物に適用するしかないんだよ。唯一ほんとうの手がかりになるのは、心理的なものだ、物的なものではなくて」
「美学の専門家が絵を分析してそれを描いた画家を教えてくれるのと同じように、心理学の専門家が犯罪を分析してその犯人を教えてくれる」
果たして心理学をそんなに高く評価していいものか、とは思うが、こういう考え方自体は非常に面白い。ちなみに本書の解説で戸川安宣が、ファイロ・ヴァンスの探偵法について、
「これは現代の犯罪プロファイリングという考え方に近いのではないか」
と指摘されているのが非常に面白く、納得した。

こういうファイロ・ヴァンスの探偵法を巡る大言壮語が実に面白い。それがリアリティーがあるかどうかは別にして、推理小説の名探偵っていうのは、これくらい変人でハッタリが効いていないとダメだ。頻出するぺダントリー満載の引用句。皮肉たっぷりの軽口、わざと別人を犯人と指摘してみせる、といった芝居っ気たっぷりの言動。
さらに、殺人現場を観察して5分で犯人が分かった、と言うのだから恐れ入る。

ただ、その大言壮語の割には、肝心の心理学的推理法が今一つ上手く機能していない気がする。物的証拠、状況証拠に頼らない、動機やアリバイも信じるに足りない、と言っている割には、関係者のアリバイを調べさせたり、容疑者の家を無断で家宅捜査したりしているのも何だかなあ、という感じ。
まあ、アマチュアが自己完結しているのではなく、警察の捜査に協力しているわけだから、結局は推理の正しさを物的証拠、状況証拠で証明しなければならないのも仕方ないか。
犯人が、ファイロ・ヴァンスの昔からの知り合いなので、その人物の性格から類推してすぐに犯人と分かったというのもちょっとガッカリ。その犯人も犯罪もやや小粒な感じ。名探偵ファイロ・ヴァンスの相手としてはバランスが取れていないようだ。

ちなみにファイロ・ヴァンスには、アガサおばさんなる親戚が居て、その人が亡くなったのでファイロ・ヴァンスが遺産の第一の受取人になったとのこと。
ヴァン・ダインよりも早くデビューしたアガサ・クリスティーのことを当然ながら意識したギャグだと思われる。ちなみに、『ベンスン殺人事件』が出版された1926年は、クリスティーの『アクロイド殺し』も世に出ている。

ともあれ、デビュー作でこんな面白い作品を書いたんだから、ヴァン・ダインも大したものである。
ベンスン殺人事件 (S・S・ヴァン・ダイン全集1) (創元推理文庫)
東京創元社
S・S・ヴァン・ダイン

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