カズオ・イシグロを読む1『遠い山なみの光』

小説『遠い山なみの光』A PALE VIEW OF HILLS 1982年 イギリス カズオ・イシグロ著 小野寺健訳 ハヤカワepi文庫 2001年9月15日発行 2015年12月25日9刷
2017年10月9日(月)読了

(注意!)ネタバレあり〼

今年度のノーベル文学賞をカズオ・イシグロが受賞した。彼の小説は前に『わたしを離さないで』を読んで非常に面白かった記憶があるが、それ一冊きりしか読んでいないのでこの機会に他の作品も読んでみることにした。

先ずはデビュー作の『遠い山なみの光』。『わたしを離さないで』はSFと呼んでいい作品だったが、こちらはどうやらリアリズムの作品らしい。取り立てて詳しい内容について知らないまま読んでみた。

主人公は、現在はイギリスで暮らしている日本人女性悦子。ハッキリした年齢は書いていないが、40代くらいの中年か。夫、娘二人。離れて暮らしている娘二人のうち、長女の景子が首つり自殺して、後日、次女のニキが悦子に会いに来たところから話は始まる。といっても、直線的に話が進むわけではない。悦子の一人称で書かれた物語は、悦子の思いのままに過去と現在を行き来する。むしろ、過去パートの方が多いくらい。
引きこもりで孤独のまま自殺した娘のことを思うと、なぜか悦子は日本の長崎に住んでいた頃のことを思い出す。二郎という男と結婚していて妊娠中(おそらく景子を)だった彼女は、佐知子と万里子という母娘と知り合う。
時代は、太平洋戦争の終戦後。だが、既に朝鮮戦争が始まっていたという記述がある。原爆の惨状から復興に向って歩んでいた時代。
悦子は生まれてくる子どもに希望を託し、明るい未来を夢見ている。一方、佐知子はアメリカ人のフランクという男によってアメリカに連れて行ってもらい心機一転の明るい未来を希望している。もっとも、佐知子の方は、それがあまりあてにならないことも承知している。

著者のカズオ・イシグロは、1954年の長崎生まれの長崎育ちだが、5歳のときにイギリスに渡っている。だからこの小説は生まれ故郷を描いてというわけだが、年齢的なものを考えると時代的にずれていて、当然ながら実体験の反映ではない。あくまでも彼の頭の中で創られた世界であると思う。だから、ノスタルジーみたいなものはあまり感じられない。

それにしても、この小説全体に漂う不穏な雰囲気はただ事ではない。単純に言ってしまえば、死に支配されているという感じ。純文学かと思ったら、ホラーだったみたいな。
現在のイギリスでの娘の自殺から始まり、回想の中の長崎も死のイメージが強い。原爆によるたくさんの人の死がバックボーンにあって、さらに幼児が連続して殺される事件が起きているという禍々しさ。
その禍々しさを倍加させる役目は、佐知子の10歳くらいの娘万里子である。最初に登場した時からこの女の子はどうも不吉な影を背負っている感じが濃厚で、しかも母親がちょっと目を離すとすぐどこかへ行ってしまうという自由気ままな性格の持ち主でもある。この小説の中では、この万里子がいちばん印象的に描かれている。何を考えているのか、何が見えているのかが最後まで全く持って不明なのがいい。どう見てもこの子は、途中で事故か事件で死んでしまうだろうと思ってしまう程に不安定で危なっかしい。結局、そういうことは何もないわけだが、ずっと緊張感があった。万里子がどこかへ行ってしまうたびに。
この万里子と自殺した景子が二重写しになっているようなのも面白い。
二重写しといえば、佐知子と悦子も二重写しみたいである。

この小説は別にミステリじゃないので、途中で出て来る幼児連続殺人の真相が明かされることはない。また、それ以外の部分も謎は謎のままで説明があるわけでもない。景子が何故自殺したのか。佐知子・万里子母娘がそれからどうなったのか。悦子と夫二郎は何故別れ、悦子は何故再婚してイギリスに来たのか。そういう顛末がきちんと描かれることはない。その辺は読者の想像にお任せしますというわけだろう。そこが余韻があってとてもいい。



遠い山なみの光 (ハヤカワepi文庫)
早川書房
カズオ イシグロ

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 遠い山なみの光 (ハヤカワepi文庫) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック