『木曜日だった男 一つの悪夢』

小説『木曜日だった男 一つの悪夢』THE MAN WHO WAS THURSDAY:A NIGHTMARE 1908年 イギリス G・K・チェスタトン著 南條竹則訳 光文社古典新訳文庫 2008年5月20日初版第1刷発行
2017年9月5日(火)読了

(注意!)ネタバレあり

初読。無政府主義者たちの秘密結社に潜入した刑事に待ち受けていた恐るべき事態とは・・・。
シリアスなストーリー展開、と思いきや、最初の方から如何にもチェスタトンらしい諧謔精神に溢れたセリフとどこかタガが緩んだオハナシが進行して読む者を煙に巻く。
恐るべきテロをもくろむ無政府主義者たち6人と新たに7人目のメンバーになった詩人サイム(実はスカウトされて刑事になった)からなる無政府主義中央評議会。その議長は、日曜日と呼ばれる男だった。

その男の巨大さは、背が異常に高く、信じられないほど肥っているだけではなかった。この男は、巨人像たるべく意図して彫刻した石像のように、もともとの均整が並外れて大きいものにふさわしく設計されているのだ。白髪をいただいた頭は、背後から見ると、頭にしては大きすぎた。そこから突き出している両耳は人間の耳よりも大きく見えた。(95ページ)

この日曜日のイメージの強烈さ。それが心に焼き付いてこの小説のラストまで離れない。どことなく、マンガ『暗殺教室』のあのキャラを思い浮かべるし、稲垣足穂の『一千一秒物語』も彷彿させられた。
日曜日=SUNDAY、なのでつまり太陽(SUN)で、神のようにも思える。
日曜日が登場すると、それまで幾分かはリアリズムの欠片が残っていたものが跡形もなく消え去ってしまう。マンガチックで幻想的な雰囲気になる。

文芸評論家・石川喬司は、「古今東西を通じて最高のスパイ小説は、チェスタートンの『木曜日の男』ではあるまいか。あの作品はスパイ小説の行きつく姿を暗示しているように思われる。」(「ミステリマガジン」1965年1月号 『極楽の鬼』(講談社)に収録)と書いている。卓見である。なるほど、確かにスパイ小説である。モームの『英国諜報員アシェンデン』(新潮文庫)がスパイ小説ならこれもそうだ。しかも、スパイ小説のパロディでもある。
秘密結社、テロリスト、陰謀、潜入、裏切り、逃亡、追跡、そして、謎のラスボスの正体が暴露される、とスパイ小説のお膳立ては全て出来ている。それですべてが笑いのめされている。
刑事サイムは、評議会のメンバーになり、木曜日と呼ばれるようになって、他のメンバーの動向を探るのだが、次第に恐るべき真相が明らかになる。何と、自分を含めて6人がみんな実は刑事であり、無政府主義者に化けて評議会に潜入していたのだ。一人や二人がスパイならまだ納得できるが、7人中6人がスパイとは、リアリズムゼロである。何という奇想だ。ただ、一人、日曜日だけは謎の人物である。そして、予想されたことではあるけれど、6人を刑事にスカウトした顔の見えない男と日曜日が同一人物であったのだ。
で、日曜日が一体何者で何をしたかったのかが、結局よく分からない。ごく単純に考えれば、彼は「神」なんだろうが、これだけの茶番を何故行ったかは分からない。
ただ、ラストで日曜日は、

見つめていると、その大きな顔は恐るべき大きさになり、彼が子供の頃にこわがって泣いたメムノンの巨像の顔よりも大きくなった。顔はさらにグングン広がって満天を覆い、辺りは真っ暗になった。(316ページ)

というトンデモナイことになる。結局、最後に残るのは日曜日の顔のイメージ。

前半はさして激しい動きはないが、後半に近づくにつれ、狂騒的になる。徒歩で、馬車で、自動車での追っかけというサイレント映画のスラップスティック・コメディみたいになる。しかも、逃げているのは刑事たちであり、追って来るのは無政府主義者の群である。で、最後には、追ってきている人々も刑事に率いられた正義の人たちと分かる。そして、日曜日はというと、動物園から脱走させた象の背中に乗って疾走する。
「何てことだ!」ブルが叫んだ。「象があんなに速く走れるなんて、知らなかった。」(274ページ)

こういう奇想天外な小説を読むと、どうしてもルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』を思い出すのだが、さすがチェスタトン、そういう読者をちゃんと見越している。
「ジャバーウォックを投げにエリコに行くんだよ!」(206ページ)
というセリフがある。ジャバーウォックは、ルイス・キャロルが創作した怪物の名前。
また。307ページには、『不思議の国のアリス』のように馬鹿げていて、というフレーズもある。
何かというと、アリスを引き合いに出したがるぼくのようなものに対する皮肉とみた。


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