『ねじの回転』 恥さらしの悲惨な女

小説『ねじの回転』THE TURN OF THE SCREW 1898年 ヘンリー・ジェイムズ著 小川高義訳 新潮文庫 平成29年9月1日発行 平成29年9月1日(金)購入 平成29年9月2日(土)読了

(注意!)ネタバレあり。

新訳本が発行されたので即購入。早速読んでみた。
2年前に光文社古典新訳文庫に入っている土屋敏雄訳の『ねじの回転』を読んだ。その感想をブログにアップしてあったので久々にブログを読み返してみた。ああ、この時はこんな風に思ったのか。でも、小説は同じでも翻訳が別の人で、読む時期が違うとまた異なった感想を抱くものだなあ。小説って読むたびに違う発見があるというか、引っかかる場所が違うというか、そういうことがあるもんだ。

前は気にも留めなかったことが、今回はふと気になることがある。それは、例えば、重要な登場人物である家政婦のグロースさんが、字を読み書きすることができないこととか。ここで主人公の女性家庭教師「私」と対比しているわけだ。教育格差は身分格差でもある。そう気づくと、この二人の関係性が違って見えて来る。ルース・レンドルの某作を思い出したりもする。
読了した後で、「訳者あとがき」を読むと、やはり身分の差の指摘があり、我が意を得たりという感じ。
「語り手には、グロースさんを見下す意識がある」(248ページ)語り手とは、「私」のこと。
さらに、「語り手が〈相手を下に見る、退かせる〉という行動をとるのは、家政婦にばかりではない。むしろ幽霊世の闘争において顕著である」(249ページ)という指摘も納得。

「私」が、女性として同じく女性であり、同じく家庭教師であった幽霊に対して抱く気持ちがいろいろ複雑で面白い。確かに見下して軽蔑してはいる。白昼、教室で女の幽霊に出会うシーンでは、こう書く。
「恥さらしの悲惨な女が、私の眼前にいました」(156ページ)
だが、
「どちらが入れ替わって教卓のまえに座っても全然おかしくないというのでしょう」(同)
とも感じている。軽蔑だけでなく、どこかに同情や共感、もしくは、自分もこうなるかもしれないという予感も匂わせている。それは、恐るべきラストの予告かもしれない。
今回、読んでみて、ここがいちばん印象に残った。明るい陽射しが差し込む室内に「黒ずくめの衣服と、やつれた美貌と、言葉にならない悲嘆をまとって、真夜中の暗闇のようになっていた女」(同)が座っていて、やがてそれが立ち上がり、消えて行くというシーンの怖さ。

この小説は、最初についている文章以外は、「私」という女性の一人称形式になっている。従って、「私」(名前は記載されていない)の心理状態、行動、見たもの、聞いたことについては仔細に描かれてはいるが、それ以外のことについては分からないことが多い。例えば、幽霊として現れるかつての使用人クイントと女性教師ジェセルが生前どういう関係だったか、仄めかされるだけで具体的には分からない、想像するだけ。それは彼らの死の経緯についても同様。しかも、彼らの話をしてくれるのはグロースさんだけなので、その話がどれだけ真実に近いのかも分からない。
これだけ想像の余地があると、創作意欲をかきたてられるのか、『妖精たちの森』という映画は、クイントとジェセルがどんな関係でどんなふうに死んだかを細かく描いて見せる珍作であった。前日譚として面白いけれど、当然ながら他人の褌で相撲を取っているわけで、出来栄えは『ねじの回転』に遠く及ばない。

分からないといえば、子どもであるマイルズとフローラが何を考えているのかも分からない。「私」が、確信していたように、この二人も幽霊を見ていたのだろうか。分からない。
そもそも、本当に幽霊がいたのかどうかも分からない。「私」にだけ見える幽霊だったのか。少なくともグロースさんには見えていない。では、幽霊などいなくてすべては「私」の妄想に過ぎなかったのか。
2年前に光文社古典新訳文庫で読んだ時は、幽霊はいるものとして読んでいて、「私」の妄想説なども思いもしなかった。今回もどちらかと言えば、幽霊派なのだが、少し妄想派に傾いてきたかな、という感じ。
同じ小説なのにそんな風に変化するというのが面白い。

前回読んだ時にいちばん強烈な印象を受けたラストの一行は、

わたしたち二人だけの静かな午後、憑き物の落ちたマイルズの小さな心臓はすでに止まっていました。(光文社古典新訳文庫 土屋敏雄訳 235ページ)

だが、今回読んだのは、

私たちには静かな午後がるだけで、マイルズの小さな心臓は、もう呪縛を解かれて、止まっていたのです。(新潮文庫 小川高義訳 238ページ)

となっている。「憑き物の落ちた」と「もう呪縛を解かれて」では随分印象が違う。原文は、dispossessedとのことだが、「憑き物」というと、どうも超自然なものに思えるし、「呪縛」というと、超自然のニュアンスに加えて心理的・肉体的なものを感じる。どちらが正しいかということではなく、たった一行のひとつのフレーズでもこうも印象が変わるのは非常に面白いと思った次第。



ねじの回転 (新潮文庫)
新潮社
2017-08-27
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