『この世界の片隅に』 暴力には屈しない

アニメ(映画)『この世界の片隅に』

(注意!)ネタバレあり。

(つづき)クライマックスのあのシーンは本当にショッキングだった。それまでも確かに息苦しい戦時下の生活が描かれ、空襲シーンもあったりはしたけれど、それ程の緊迫感はなかった。「お父さんが空襲でやられた!」と思ったら、ただ疲労で熟睡していただけ、とか笑いに持って行ったり。
それもこれもクライマックスを際立たせるための技巧だったんだと思い知る。それにしても、空襲で落ちてきた爆弾の中に時限爆弾があるというのは初めて知った。空襲が終わって、ホッとしたところへ時間差で爆発するとは悪辣すぎる。恐ろしすぎる。
その爆弾の爆発で義理の姉の子・晴美は死に、すず(声:のん)は右手を失う。その瞬間、が描かれていないのが救いではあるが、その方が却って悲しみが深まる。すずのモノローグが、今まで彼女の右手がやって来たことを過去に遡って逐一挙げて行くくだりは、観ていてどうにも涙が止まらなかった。屈指の名シーン。

義理の姉がすずに「私は好きな人と結婚して好きなように生きてきた。でもあなたは、好きでもない人と結婚させられ、知らない土地で暮らして、さぞつまらない人生だと思う。」みたいなことを言う。普通だと、ここですずが一言反論するはずと思うのだが、別に何もなしで言われっぱなし。あえて、すずに人生を語らせないところがいい。決してつまらない人生ではないことは、観ていて分かる。

広島の原爆のシーン。すずは、右手を失い、呉にいたので遠くから眺めているしかできないが、実家の両親、姉は被害に遭う。
意外に原爆のシーンは多くはないが、その抑えた感じがむしろ悲劇を表現している。一人の戦災孤児に焦点を当てて描いているのもいい。やがてその子がすずと出会い、すずが育てていくことになる。ここに「希望」を打ち出しているのに注目したい。

自ら「ぼ~っ、としている」と言うすずだが、クライマックスでは激しい感情を見せる。米軍に対して「暴力には屈しない」と言ったり、また、玉音放送を聴いて激昂し、「覚悟の上じゃなかったのか」と徹底抗戦みたいなことも言う。
この辺の描き方は非常に興味深い。単なる反戦の言葉と一味違う。

だが、それでも人間は生きて行かねばならない。戦後も当然ながら生活は続く。
進駐軍の残飯が配布されて、それを食べたすずと義理の姉が、思わず「うまい!」というシーンがある。どんな状況にあっても生きて行くには、まず食べなければいけないという事を端的に表現したいいシーンだ。庶民の逞しさを強く感じる。
エンドクレジットであの戦災孤児が次第にすずたちの家族の一員になっていくのを描きながら映画は終わる。このやりかたも何だかホッとするような締め括りである。

全体的に観て、すずというキャラが非常に魅力的に描かれているのが素晴らしい。フィクションの中の人物なのにまるで実在しているかのように血も肉も備わっている感じがする。少女のまま大人になった純粋さを保ちながら、内には結構熱いものを抱いている。不器用で天然でドジも多いが、優しい気持ちを持ち、前向きに生きていける女性。
声を担当したのんが素晴らしい。彼女でなければこの役は無理という次元ではなく、のん=すずになっている。
のんの復帰を心から喜びたい。
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