新海誠を見る2 『君の名は。』 カタワレ時に逢った人

『君の名は。』
2016年9月4日(日)鑑賞 TOHOシネマズ西新井スクリーン5 13時45分の回 座席B-26 入場料1800円(当日券)

(注意!)ネタバレあり。

二回目の鑑賞。満員の映画館で見ず知らずの400人の中で観る悦び。群衆の中の孤独は心高ぶる。
二回観ると、最初の驚きは消え、別な面白さが出て来る。新しい発見もあるし、再確認もある。

運命の赤い糸、というあまりにも定番すぎてむしろ陳腐に思えるようなモチーフを物語の最初の方から提示しているのが凄い。恋愛映画は作り手が照れてはダメなんだな。たとえそれが使い古された王道であっても。
いや、使い古されたと言ったが、本当にそうか。ここまで真正面から赤い糸(ここでは正確には赤いというよりオレンジがかった組みひもだが)を出してきた映画があっただろうか。

この映画のラストは、ハッピーエンドだと思うのだが、何だか残酷さも感じる。主人公二人が、互いのことをすっかり忘れてしまった状態で再会(記憶がないのだから初めての出会いというべきか)するというのだから。体の入れ替わりなどという特異な体験も赤い糸も何もかも忘れてしまっているというのが何とも悲しい。
若い人はピンと来ないかもしれないが、中年になって記憶力低下をリアルに体感して来ると、こういう話は痛く身に刺さる。あんなに情熱を燃やしたのに、記憶がおぼろげになり、やがて全て忘れてしまうことへの恐怖。
もっとも、ラストの二人を見るとそういう中年男の感慨とは無縁で明るく爽やか。これからの希望に満ちている。
考えてみればそれが正解かも知れない。過去の記憶をリセットしてゼロから二人で生きて行くというのはこの上なくハッピーなのだろう。忘れるというのは救いか。


瀧がバイトするイタリアン・レストランで「ピザに楊枝が入っていた」とイチャモンつけてくる男がこの映画における唯一の悪役。ごねて料金をタダにさせる計画かと思いきや、さらに女性従業員奥寺のスカートを秘かにカッターで切るということまでやってのける。あまりにも悪質。金目当てだけならそこまでやるないだろう。店、もしくは店の人間への憎しみがあるのか。この男の出番はここだけであとで出て来ることもない、素性も分からない、ただ、その悪意がこの映画の中で妙に突出している。
瀧(この時は中の人は三葉)が、奥寺のスカートを直してあげて二人の心が接近するという作劇のためにこういう「悪役」が必要だったのか。それにしては、ちょっと度が過ぎる感じ。そういう割り切れなさが残るあたりも新海誠の特徴か。

割り切れなさと云えば、やはり前にも触れたが、クライマックスの「説得」のくだり。彗星が町に落ちるから町民を避難させてほしいという要望を三葉が父親である町長に突き付け、一度は簡単に拒否されてしまう。その後、事態はさらに切迫し、再び三葉が町長を説得に町役場に訪れる。来る途中で転んだ三葉は泥で汚れている。町長室で対面した父は三葉を叱責しようとするが、三葉の姿に絶句する。非常に強固な決意が漲る三葉の顔。ここでカットが変わり、彗星落下のシーンになる。
その後のシーンで町民が避難できたことが分かる。恐らく三葉の説得が身を結んだのだ、と観る側は思う。だが、具体的な説得シーンはなし。それが初見の時は些か気になったが、2回目だと、これがベストの形じゃないかと思い直した。緊迫したシーンが連続する中、ここでまた「説得」というセリフ劇にしてしまうのはやはり映画としては大きなブレーキであろう。それに既に一度、説得シーンは描かれているわけだし。
切羽詰まって必死な三葉の姿を見せて映像的に納得させる形にはなっている。

家屋の扉、電車のドアが何度も開閉するのを正面ではなく横からローアングル描いているのが面白い。何故そうしたのか、その意味することはよく分からないが。

男子高校生・瀧が朝目覚めたら、女性の体になっていた。これは夢だと思った瀧は、取りあえずおっぱいを揉んでみることにする。この如何にも童貞らしい行動はアッパレである。






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