『命売ります』

小説『命売ります』1968年 三島由紀夫著 ちくま文庫 1998年2月24日第1刷発行 2015年12月5日第26刷発行
2016年8月12日(金)読了

(注意)ネタバレあり。『天人五衰 第二巻奔馬』のネタバレもあり。

三島由紀夫がエンタテインメントに徹して書いた小説、ではあるが、これもまぎれもなく三島由紀夫文学である。むしろ時として装飾過多で難解ともとれる彼の作品群の中でも、一番彼の特徴がよく出て分かりやすいと言えよう。

正直言って、今までそれほど話題になった小説ではない。だいぶ以前に故石上三登志氏が褒めていたのは記憶しているが、それ以外に支持者はいなかったように思う。それが、ここ1年ばかり、突如として書店に平積みされ、ネットで取り上げられる事態になったというのが実に面白い。別にドラマ化とか映画化の話があったわけでもなく、誰か有名人が褒めたわけでもない。端的に云って、帯をリニューアルして強力にプッシュしたちくま文庫が偉いということになろうか。しかも新刊ではなく、1998年という昔に出た文庫本をベストセラーにしてしまうというのは凄い。
実はぼくも読むのは、今回が初めて。これもちくま文庫さんのお蔭である。
読んでみて非常に面白かった。三島由紀夫はエンターテインメント小説においてもかなりの手練れであることが分かった。

羽仁男(はにお)27歳、コピイ・ライター。ある日突然、死にたくなって睡眠薬自殺を図る。ところが幸か不幸か、死なずに命を助けられてしまう。生きのびた羽仁男には、まだ死にたい気持ちはあったが、もう自殺する気はなくなった。そこで彼は自分の命を他人に託すべく、「命売ります」という新聞広告を出すことにした。それから、奇妙な依頼人が次々に彼の元へ・・・。

「命は大切に」という至極ごもっともな正論に反して、羽仁男は自分の命を無駄に捨てようと奔走する。そこが個性的で独特で、でもそれなりに一本筋が通っている。それはまた、戦前の「お国のために命を捧げよ」という思想とも相反する。つまり、左翼からも右翼からも忌み嫌われそう、というか全く理解されそうもない男が羽仁男なのである。三島由紀夫自身の思想はどうであれ、彼の小説の主人公は決して単純に右とか左とか区別できない、そこがいい。

この小説の連載(「週刊プレイボーイ」)している時に、三島由紀夫は、『天人五衰 第二巻奔馬』も連載(「新潮」)していた。何やらこの2作に共通点がありそうな気がする。
羽仁男はこんな感じだけど、『奔馬』の主人公飯沼勲はただ一途にテロを決行することだけを念頭に置いて生きている若者で、まるでタイプが違うと思いがちだが、両方とも自分の命を捨てることを当然のここと考えている点では全く同じ。飯沼勲のテロも誰かにそそのかされたわけでもなく、ただ孤高の思いから出たものなのである。命令に絶対服従の軍隊などではまずこういう人間はやって行けないだろう。
結局、飯沼勲は当初に考えたテロとは違う形ではあるけれど、ともかくテロをやり遂げ、思い通りに一人自決することができた。これほどのハッピーエンドはないだろう。
ところが、羽仁男にはそんなハッピーエンドは訪れない。羽仁男の「死にたい、命を捨てたい」という思いが中盤辺りから揺らぎ始めるのである。謎の組織に追われるようになり、身の危険を感じるようになると、考えが一変して「生きていたい」とも思うようになる。ついには警察に駆け込んで助けを求める情けなさ。
小説としてはどんどん失速していく感がある。終わり方も何だか投げ出したような形で、羽仁男はどうなるのか不明なまま。だけどそこが非常に面白い。自らの考えも生き方も貫き通せない、そんなダメさ加減がむしろ凄く良い。三島由紀夫も羽仁男を否定しているわけではなく、むしろ共感と愛を寄せて描いているように感じる。
でも不思議なものだ。純文学と呼ばれそうな『奔馬』よりも娯楽小説と呼ばれそうな『命売ります』の方が、暗く陰惨で深く見えて来るとは。


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筑摩書房
三島 由紀夫

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