『すばらしい新世界』 ディストピアにシェイクスピアを

小説『すばらしい新世界』ERAVE NEW WORLD 1932年 イギリス オルダス・ハクスリー著 黒原敏行訳 光文社古典新訳文庫 2013年6月20日初版第1刷発行
2016年7月31日(日)読了

(注意!)ネタバレあり。

『一九八四年』を読んだので、ディストピア小説として並び称される『すばらしい新世界』も読んでみた。初めて。
ディストピア小説と一つに括るが、その内容は全く異なる。ディストピアも色々あるのだ。

『すばらしい新世界』で描かれる「世界」は、超管理社会で超階級社会である。
ここでは、母体から人が生まれることはない。すべて人工授精で生まれる。そして胎児のうちから国家が管理し、育児も教育も行う。母親、父親というものは存在しない。従って家族もない。
階級社会の枠組みが厳密にできている。胎児のうちから既に階級が決められている。下層の労働者階級になるべき胎児は、低身長、低知能の人間になるべく改良が加えられる。単純作業に従事させるにふさわしい肉体と精神を作り上げるのである。この辺は、もう一歩進めると『家畜人ヤプー』に繋がってくるような発想で面白い。
また、生まれた子どもは、赤ん坊のころから睡眠学習で「条件付け」を叩きこまれる。それをすることによって、自分の階級を常に意識させる。そして、その階級にいる自分は恵まれていると認識させる。
「私より上の階級の人は私より頭がいい。でも勉強勉強で大変だ。私はこの階級で良かった。」
「私より下の階級の人は私より頭が悪い。あんな階級に生まれなくて良かった。」
この二つがセットなのである。

この世界は平和である。他国との戦争はないし、国内も安定している。国民は労働に従事しているのみ。国民が不満や悩みを抱かないように国家が推奨するのは、ドラッグである。ソーマと呼ばれるそれを飲めば、気分爽快になり、何の迷いもなく前向きに生きられる。
この世界はフリーセックスである。同じ階級同士ならだれとでもセックスができる。妊娠・出産ということがないからただ快楽のためのセックスである。
ドラッグとセックスで国民のガス抜きをしているというのが、非常に上手い国家戦略だと思う。
『一九八四年』と同じなのは、国家が歴史を捏造し、文学を始めとした芸術一般を抹消していることである。

この世界に反旗を翻すものは誰もいないようである。だが、それではストーリーが展開しないので、体制内のアウトサイダーとしてバーナード・マルクスという人物を登場させる。彼は、上の方の階級に属しているのだが、胎児の時の処置のミスからか、下層階級のような低身長に生まれついている。それをずっと不満に思っていて、この世界に対する疑念も抱いている。ああ、このマルクスが主人公で話を動かしていくのね、と思いながら読んでいると、マルクスが旅行で出掛けた地で発見した若者の方が次第に話の中心になっていく。こっちが主人公だったのか。以後、マルクスはどんどん影が薄くなる。こういう構成も珍しい。

その若者というのは、インディアン居留地で生まれ育った。実は白人の子だが、色々理由があってこうなった。この世界において、インディアン居留地は埒外で、そこに住んでいるのは野蛮人扱い。何しろまだここでは、子どもが母親から生まれるのだから。いかにも階級社会で差別感情が強い世界らしい。今、この本が書かれたら物議を醸しそうだ。
その若者ジョンは、否応なく文明社会に連れて来られてそこで生活することとなる。何も知らない野蛮人だと思われていたジョンだったが、実は彼は、子どもの頃からシェイクスピア全集を読破し、シェイクスピアが文字通り聖典となっていた。文学が消滅した世界でそれがどう生きて来るのか。
後半は、ジョンの苦悩の物語になる。

基本的にシリアスで時にブラックユーモアが感じられた『一九八四年』とは対称的にこちらはかなりあからさまにコメディ調である。パロディ、ギャグ、ジョークが色々仕込んである。登場人物の名前からしてマルクス何ていうのは当然あのカール・マルクスを念頭に入れている。
父親、母親という言葉が今や猥褻な言葉扱いでそれを口にするだけで恥ずかしいというギャグも面白い。
そもそも野蛮人が文明社会にやって来て大騒動、というストーリー自体がハリウッドのコメディ映画みたいである。作者のオルダス・ハクスリーは後年ハリウッドで脚本家として仕事をしている。

そういうコメディ調が次第に悲劇に転じて行くのが読み応えあり。文明社会に馴染めず、かといって元のインディアン居留地にも戻れず、追い詰められたジョンが取った最後の選択はあまりにも悲惨なものだった。
この小説の14年後に作者が書いた文章が付記されているが、そこで作者自身、このラストは別の方が良かったのではないかと迷っているのが妙に面白い。







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