『わたしを離さないで 第4話』 絶望的状況下の唯一の楽しみ

ドラマ『わたしを離さないで 第4話』原作:カズオ・イシグロ 脚本:森下佳子 演出:吉田健 出演:綾瀬はるか 三浦春馬 水川あさみ 白羽ゆり 真飛聖 中井ノエミ 伊藤歩 井上芳雄 梶原善 麻生祐未
2016年2月5日(金)放送 TBS

(ネタバレあり!)原作小説および映画版のネタバレもしています。

今回より第二章スタート。原作でもここから第二部。陽光学苑を卒業した恭子(綾瀬はるか)、友彦(三浦春馬)、美和(水川あさみ)の3人は、コテージと呼ばれる施設で暮らすことになる。
原作や映画と違ってドラマの方のコテージはいかにも日本的な田舎のショボイ一軒家になっている。その辺が面白い。「彼ら」を管理するためにそんなに金を使えないということか。もっとも、後半に出て来る真実(中井ノエミ)が暮らすマンションはかなりまともな作りになっているから一概には言えないが。

コテージには既に前から住んでいる人々がいた。彼らの乱れただらしない生活。
初日に彼らの部屋のドアを開けた恭子の目に飛び込んで来たのは、昼間からセックスしている男女の姿だった。
ここはこのドラマを見る者に軽くショックを与える上手いシーンだと思った。いくら説明的セリフを並べるよりも裸の男女が騎乗位でまぐわっている方が、彼らのおかれている状況を雄弁に物語っている。

原作では第一部の学校(校名はヘールシャム)時代、13歳くらいの時に性教育が行われ、セックスのやり方まで教えられたことになっている。そして、彼らが赤ちゃんができない体であることも。
ドラマでは第一章ではそれらには触れられていなかった。子役たちが演じるパートなのでセックス絡みの話はできなかったのだろう。原作では、誰もいない教室で男の子と女の子がセックスしているのが見つかって怒られるシーンがあるが、ドラマじゃ無理だ。
逆に言えば、セックスについて触れられていないからこそ、この第4話がより衝撃的になったということか。
ただ、そうなると原作を知らずにドラマだけ見ている人には、恭子たちはどこでセックスのやり方を習ったのかという疑問が出て来る。
まあ、あれは別に習わなくてもだれでもできるという説もあるが。

ドラマでは、セックス以外のことも割とぼかしていたが、やっと第4話に至って色々なことが説明される。提供者になる前に介護人になることができる。介護人にならなければ、即提供ということになる。コテージでの3年間は、介護人になるための講習期間であると同時に自由に生活できる最後の期間でもある。
その期間を恋愛とセックス三昧で過ごしてしまうコテージの男女。将来は絶望的状況が決定的なのでせめて今だけは、という心情が泣ける。
この辺は原作や映画以上に心に迫って来る。やはり日本人の俳優が演じていると凄く生々しくなる。そこが非常に面白いところだ。
初めはコテージの仲間をバカにしていた恭子も彼らと同じような行動をとるようになる過程も説得力がある。

ドラマオリジナル要素も目立つ。特に真実の住むマンションにいる仲間たちが、支援団体なるものに後押しされて、レジスタンスみたいな活動をやりだしているところ。これは、原作にも映画にも全く出てこない。随分思い切ったチャレンジだと思う。ちょっと厳しくいえば、原作の思想とは相反する。連ドラの長丁場を持たせるには、これくらいやらなきゃダメなのか。こういう試みが吉と出るか凶と出るか。

このあたりでやっと彼らが、人間によって人工的に作られたことが分かる、クローンという言葉こそまだ出てこないが。これまでは匂わすだけでハッキリしてはいなかった。その辺の引っ張り方の是非はあろうが、色々と小出しにしていくやり方は上手いと思った。

原作以上に主役の三人の人間関係をドロドロに描いているのもいかにも日本のテレビドラマという気がして面白い。単に一人の男を二人の女が取り合うというものではなく、女同士の複雑な心の葛藤も描かれている。綾瀬はるか、水川あさみ共に好演。憎みながらも愛し合っている二人の女。
一方、三浦春馬演じる男は、よく言えば純粋、悪く言えばバカ。一人だけ別の次元にいるような感じ。女心なんかわかるはずもない。こういう非常に難しい役をよく演じている。

今後どういう方向に話が進むのか。原作離れが顕著になるのかどうか、大いに楽しみ。



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