『暗黒神ダゴン』 マゾヒストとしての究極の悦び

小説『暗黒神ダゴン』DAGON 1968年 アメリカ フレッド・チャペル著 尾之上浩司訳 創元推理文庫 2000年8月25日初版 2006年4月28日再版
2015年5月17日(日)読了

(注意!)ネタバレあり この小説を未読の方はまず小説を読んでから以下の文章を読んでください

基本的にぼくは予備知識を入れずに小説を読む。そうした方が絶対に楽しいからだ。この小説を読むときも解説もあとがきも背表紙のあらすじ紹介も読まずにいきなり本文から読み始めた。
予備知識がないとはいえ、さすがに幻想文学らしいということくらいは頭にある。そのつもりで読んで行ったのだが、どうも勝手が違う。これは一筋縄ではいかない小説だ。全く先が読めない。混沌としている。五里霧中の中を進んでいく気分。だが、それが嫌じゃない。これは希有の読書体験。

小説は、主人公の男ピーター・リーランドとその妻が亡き祖父母の遺した屋敷に移り住むところから始める、もうこの時点でこれはゴースト・ハウスものだな、と見当がついてしまう。見知らぬ土地の見知らぬ屋敷にやって来た主人公がそこでこの世のものではない何かと遭遇し戦う、もしくは取り憑かれて破滅する、という昔からお馴染みのパターン。『ねじの回転』『たたり』『地獄の家』『シャイニング』等々、枚挙にいとまがない。
この小説も初めは幸福に見えた夫婦が屋敷に住むようになるとやがて些細な行き違いなどから感情的な溝ができていく。そして、冷静で穏やかに思えたピーターの精神が次第に狂いだし、やがて妻殺しという恐ろしい結果になってしまう。ここまで亡霊らしきものは出てきていないが、不穏な雰囲気が充満していていかにもそれらしい。
この辺までが第Ⅰ章。

で、第Ⅱ章になるとガラッと雰囲気が変わる。ピーターも屋敷を出て近隣に住むミナという謎めいた女(人間なのか人間ではないのか)の家で暮すようになる。あれ、呪われた屋敷の話じゃなかったの?屋敷の様子をこと細かく描写していかにもいわくありげに書いていたのは何だったの?
これ以降、その屋敷の話はほとんど出て来ない。

第Ⅰ章が怪奇小説であるならば、第Ⅱ章は犯罪小説。第Ⅰ章が夜の静謐さなら第Ⅱ章は昼の喧騒。しかも第Ⅱ章は夏の暑さがもろに伝わってくる。この変容ぶりには呆気にとられる。作者によって引きずり回されて感じがする。しかもそれが読んでいて実に快感なのである。先が全く読めないということは、次はどこへ連れて行ってくれるんだろうという期待を生み出していく。本を読んでいる時間というのは作者に支配される時間のことなんだな。
第Ⅱ章では、ピーターもまた支配されている。もう完全に主体性というものは失われてすべてがミナの言うがままに従っている。ピーターの精神はひたすら崩壊への道を歩んでいくが、彼にはそれを食い止めるすべがない。むしろ受け入れて突き進んでいく感じ。
この辺まで読んでいくとこの小説ってSM要素が濃厚だなと思い始める。絶対的支配者である女性に生活から何からすべて牛耳られ、精神も肉体までも隷属した関係にある男。いかにも典型的なマゾヒスト。
そういえば、第Ⅰ章でピーターが屋敷で発見した手錠を戯れに嵌めてみたら取れなくなったというくだりがある。いい大人が手錠嵌めないでしょう、普通。ここだけコントみたいな笑わせる場面か、と思ったが、実はピーターのマゾ性を見せるためだったのか。

第Ⅱ章の後半になるとSM度はエスカレートしていく。ついには、ミナが命じてピーターの肉体改造というべきものも始まる。全身に入れられる刺青。精神だけではなく肉体も女性によって作り変えられる。マゾヒストの男にとってこれ以上の悦びはあるまい。
ごめん、あった。それはその女性に殺されること。ついに最後は、ミナによってナイフで喉を切り裂かれて死ぬピーター。このシーンは、シオドア・スタージョンの『ビアンカの手』へのオマージュとみた。
そして、そのあとピーターはどうやら宇宙的存在になったような記述があって話は終わる。
なんだかすごく楽天的な調子のいいマゾヒストの夢物語で読んでいるぼくも楽しくなる。現実的に考えれば、女に喉切られて死ぬなんて最低最悪の死に方なんだけど、最低というのは見方を変えれば最高ということでもある。

それにしても驚いた。こういう小説だとは夢にも思わなかった。
ま、これはあくまでもぼくの解釈であり、他にも色々な読み方があるとは思う。
本の巻末の解説も実に博覧強記で面白く示唆に富み、ユニークな解釈がしてあって実に優れている。解説って結構おざなりでどこか事務的なものが多いのだが、望月明日香・尾之上浩司の解説は熱がこもっていて読み応えがある。それはこの小説のせいもあると思う。とにかく読み終わるとこの特異な小説のことを誰かに話したくて堪らなくなる心境、ぼくにも良く分かる。
それでぼくもこの文章を書いてみた。いずれまた違う角度から取り上げてみたい。その前に望月明日香・尾之上浩司が教えてくれたさまざまな本を読まなくちゃいかない。まずラブクラフトからか。
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