ヴィクトル・ユゴーを読む1 『レ・ミゼラブル 第1巻』 第一部 ファンチーヌ

小説『レ・ミゼラブル 第1巻』1862年 フランス ヴィクトル・ユゴー著 佐藤朔訳 新潮文庫 1967年5月10日発行 2007年12月25日67刷
2015年4月17日(金)読了

(注意!)ネタバレあり

小学校高学年くらいの時に子ども向けにリライトされたヴァージョンは読んだことはあるが、大人向けに完訳されたものは読んだことはなかった。文庫本で全5巻という長さに恐れをなして手を出さないでいたが、やっと読んでみようかという気になった。遅きに失したという感はない。むしろ今こそ読むのにふさわしい時期はないと思う。

例によって詳しいあらすじとか解説とか批評とか感想とかの予備知識を全く入れずに読んだ。ちなみに近年話題になったミュージカル映画版も見ていない。つまり、小学生のころ読んだ時の記憶しかないわけだ。まさに本を読むには理想的状態である。
この第1巻は、第一部ファンチーヌ、となっている。

まず第一章を読み始めて驚く。一向に主人公ジャン・ヴァルジャンが現れない。子ども向きヴァージョンだったら冒頭から出て来たのにと思いながら読んでいくと、ついにこの第一章には彼は名前すら出て来ない。
「第一章 正しい人」で描かれるのは、ミリエル司教のこと。そう、のちにジャン・ヴァルジャンと関わりを持つあの司教である。その人の今までの人生、その性格、行いが詳細に書かれている。それが最初から94ページまで。面白いんだけど、ここまでこの人物にページを割く意味あるのかと思ったが、のちの章でこれが効いてくることがすぐ分かる。

第二章でやっとジャン・ヴァルジャン登場。パンを盗んだ罪で19年も刑務所暮らし(脱走を繰り返したので当初よりも大幅に刑期が伸びた)を終えて出所した彼は、ミリエル司教の住む町に辿り着き、ここで運命的な出会いを果たす。この辺は昔、読んだままだなと思う。
出所しても社会の目は厳しく迫害され、それに対して憎悪を抱いてきたジャン・ヴァルジャンがここで初めて「正しい人」に出会い、生まれ変わる感動的シーン、と思いきや、このあとでも彼は罪を犯してしまうのだ。通りすがりのの子どものお金を盗む。ここは覚えていなかった。司教の言葉でスンナリ改心するんじゃなかったのか!そしてこの盗みが後の展開の伏線になって行くというのが抜群に上手い。

第三章はファンチーヌ登場。ここではジャン・ヴァルジャンは出て来ない。ここまで章ごとに描かれる中心人物を変えてきているわけだ。これも上手い構成だと思う。司教、ジャン・ヴァルジャン、ファンチーヌと押さえておくべき人物を読者にしっかり印象付けるうえで。
この章では、ファンチーヌを始めとする若者たちのいかにも青春らしいバカ騒ぎと甘酸っぱさに彩られていい感じである。ところが、それが章の終わりで一気に暗転し、ファンチーヌは奈落に落ちてしまう。それを章のラスト一行で明示する鮮やかさ。

さて前置きは終わったとばかりにこの後は第四章から第八章まで一気呵成に語られる波乱万丈の物語が展開される。ジャン・ヴァルジャン、ファンチーヌに加えさらにジャヴェールが登場し、役者は揃った感あり。
多少、というかかなり強引な展開はあるが、「細かいことは気にするな!」精神で読んでしまう。なんぼ何でも刑務所から出所したばかりの男がわずか数年で巨万の富を築き、市長にまでなるなんてありえない!だが、そのありえないところがいい。
この小説、話の展開も登場人物の造形も万事極端なのである。そこが面白い。

ジャン・ヴァルジャンなんかまるで超人である。体が大きく、刑務所でも一番強かったという設定。市長になってからも荷馬車の下敷きになった男を力づくで助けたりする。そこをたまたまジャヴェールに見られて彼の猜疑心を呼び起こす。このエピソードって赤塚不二夫がお気に入りで「おそ松くん」でそっくりまねしていたのを記憶している。
単に体力だけでなく、行動力もあり、貧しいものに対する慈悲の心もあるというジャン・ヴァルジャン。そんな理想的な男が、結局は過去を暴かれてしまう、というか、自ら告白しなければならない局面になる。この辺の展開が実に興奮させられる。それまで彼の超人的姿を描いてきただけに、悩み苦しむ姿に焦点を当てるやり方は非常に効果的。クライマックスの裁判所に辿り着くまでの紆余曲折と裁判所での顛末は、最高に盛り上がる。
この小説を書いたとき、ヴィクトル・ユゴーは60歳。19世紀半ばだと充分老人という歳であろう。それがこのパワフルさ。ほのぼの、とか、しみじみという概念は彼にはないらしい。

ファンテーヌが辿る運命もあまりにも過酷過ぎる。妊娠・出産してシングルマザーになり、やむなく娘とも離れ独り暮らしていくが、どんどん転落していくばかり。あんなにも再会したかった幼い娘コゼットとも結局会えぬまま死んでしまう。まさにこれでもかこれでもかと痛めつけるヴィクトル・ユゴーはサディストか思ってしまう。このへんも極端すぎて実に面白い。

ジャヴェール警部も実に面白い存在だ。ジャン・ヴァルジャンと敵対しているからこの小説では悪役といっていいが、彼自身は自分を微塵も悪いとは思っていないだろう。ただ職務に忠実で正義を遂行しているだけであると信じているに違いない。確かにその通りなのである。彼には犯罪者に対する温情とか理解とかは存在しない。悪い奴は悪いというしかない。そんな彼が犯罪者の親から生まれたというのも皮肉な話だが、だからこそ犯罪を憎むというのもありえる。権力に従い、市民を尊重はするが、前科者や娼婦に対しては猜疑心の塊となる。そんな彼は、宗教に対しても厚い信仰を抱いている。教会もこの当時は立派な権力だったから、それにひれ伏すのも当然か。
ラストで逃亡したジャン・ヴァルジャンを匿った修道女が嘘の証言をして逃がすのだが、ジャヴェールは、修道女が嘘をつくとは微塵も思わない。彼の猜疑心も全く発揮しない。この辺もよく出来ている。ジャン・ヴァルジャンが命拾いしたのはジャヴェールの信仰心だったという何たる皮肉極まる展開。
この小説が滅茶苦茶面白いのは、登場人物の性格付けがきちんとできているからだと思う。そこさえ押さえれば、どんな無理筋のストーリー展開でも大丈夫だということを教えてくれる。

それにしても、ジャン・ヴァルジャンが逃亡、ファンチーヌ死亡で終わらせて、第二部に続くという展開の上手さ。これじゃどうしたって第二部を読みたくなるじゃないか。ジャン・ヴァルジャンはどうなる?ジャヴェールの追跡は?そしてひとり残されたコゼットの運命は?
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