『幸福の持参者』 訓練された人情

短編集(アンソロジー)『幸福の持参者』

(続き)
(注意)ネタバレあり

「機関車に巣喰う」(1930年・昭和5年)龍胆寺 雄(りゅうたんじ ゆう)
私小説やプロレタリア文学が目立つに日本文学にあってこんなユニークな小説があったのか、と思わせる傑作。廃棄された機関車に住む少年と少女のカップルを実に感覚的に描いている。話の展開というよりも、登場人物のキャラの面白さで読ませる。少年の一人称で語られるのだが、そこに散りばめられた言葉はモダンで他の日本文学ではめったにお目に掛かれない。ちなみにこの少年は単なる不良少年ではなく、発明家であり、少年科学者なのだ。こういう所も面白い。
★★★★

「風琴と魚の町」(1931年・昭和6年)林芙美子
少女時代の回想、というとどうにも湿っぽいものになりがちだが、これはどこか明るさがある。タイトルもちょっと垢抜けている。日本文学お得意の貧乏話なのだが、メルヘンのようにも思える。
風琴(アコーディオン)や化粧水の瓶といったものたちが話に色を添える。こういう小道具の使い方が上手い。

誰の紹介であったか、父は、どれでも一瓶拾銭の化粧水を仕入れて来た。青い瓶もあった。紅い瓶も、黄色い瓶も、みな美しい姿をしていた。模様には、ライラックの花がついて、きつく振ると、瓶の底から、うどん粉のような雲があがった。
(引用)

繊細な美意識と独特の感覚で貫かれている傑作。
★★★★

「地下室アントンの一夜」(1932年・昭和7年)尾崎翠(おざき みどり)
これもとても独特な感覚で書かれた作品だが、これは何が面白いのかさっぱりわからなかった。


「薔薇盗人」(1932年・昭和7年)上林暁(かんばやし あかつき)
これもタイトルがオシャレなので期待したが、別にモダン派ではなく、普通の作品。貧乏な少年が、学校にあった一輪の薔薇を盗んで妹にあげるという話。書き方によっては、メルヘンなオシャレな作品にもなるだろうが、ここではあくまでも現実的。妹にあげた薔薇はすぐに萎れて枯れてしまうし、盗みが露見して少年は先生に叱られるし、ああ、貧乏は嫌だ。
でも盗んだのがお金じゃなくて薔薇だったのが何か救いになるような気がする。
★★★

「麦藁帽子」(1932年・昭和7年)堀辰雄
あまり面白くなかった。


「詩人」(1933年・昭和8年)大佛次郎(おさらぎ じろう)
ロシア帝政末期のテロリストを描いた作品。出てくるのは当然ながらロシア人ばかりで日本人は出て来ない。話として良く分かるし、そこそこ面白いが、日本の文学者が他国を舞台にした他国人だけの小説を書く意味が良く分からない。日本を舞台にテロリズムを題材にした作品を書くのは時局的にまずいので他国に事寄せて書いたのかもしれないが、どうにも隔靴掻痒。
★★

「訓練された人情」(1933年・昭和8年)広津和郎(ひろつ かずお)
これもタイトルが意味深で興味が湧いたが、中身は割とよくある、花街に生きる芸者の有為転変の話。水商売の女、芸者、娼婦など所謂玄人の女を描くのが日本文学は得意。これも面白く読める。
この小説のヒロインは、芸者でありながら客と関係を持ち、やたらと妊娠して子どもを産んでしまう。客とセックスしても玄人なのだから、普通は避妊するだろうけどなあ。でも、こういう女もいそうだ。
ついには後継ぎがいない老夫婦に頼まれてセックスして子どもを産むことになる。これで通算5人目。そして、その5人が5人とも他人に貰われていったので誰一人彼女の元にはいない。
そんな女の気持ちがよく描けている。
★★★


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