『日本文学100年の名作 第1巻夢見る部屋』 象使いの妙な話

短編集(アンソロジー)『日本文学100年の名作 第1巻夢見る部屋』

(注意!)ネタバレあり。

(続き)
「ある職工の手記」(1919年・大正8年)宮地嘉六(みやちかろく)
実父や継母と折り合いが悪いために家出した13歳の私は、佐世保で職工になる夢を持っていた。そして知人の家に厄介になった私は念願の職工への道を歩むのであった。
親の元で屈従するのに耐えかねて自由を求めて社会に出たのだが、そこで他人によって屈従・迫害されることになるという皮肉。所謂プロレタリア文学の枠に収まらない魅力がある。単に労働者を搾取する資本家が悪い、とだけ言って自己満足しているわけではない。そこがいい。主人公が、職工という仕事自体には憧れと誇りを持っているのも気持ちいい。親に対しても反抗心だけではなく切ないまでの愛情があることも後半のエピソードで分かる。好感のもてる作品。
★★★★

「妙な話」(1921年・大正10年)芥川龍之介
夫が戦地(第一次世界大戦)に赴いている人妻が、電車の停車場で突然、見知らぬ赤帽に声を掛けられ、夫のことを聞かれる。さらにそのあとにもまた赤帽に会い夫が戦地で負傷したこと、間もなく帰国することを知らされる。やがて、無事帰国した夫の話では、彼もまたパリで日本人の赤帽に会ったという。一体。この赤帽は何者か?
怪異ではあるけれど、夫婦の仲を取り持つのだから美談かとも思いきや、ラスト4行で引っくり返る。その鮮やかさ。
★★★★

「件」(1921年・大正10年)内田百閒(うちだひゃっけん)
人間が人間以外の生き物に変身してしまう話はカフカの『変身』を初めとして枚挙にいとまがないが、この小説で主人公の男が変身してしまうのは、件(くだん)という化け物。体が牛で顔だけ人間というそいつは、「生まれて三日にして死し、その間に人間の言葉で、未来の凶福を予言する」のだという。やがて野原に一人佇む件のもとに何千、何万という人々が殺到する、予言を訊くために。
怪異譚ではあるけれど、内田百閒らしいユーモアが随所にあって楽しく読める。件の心理、群衆の会話などに現代的なセンスの良さが光る。
★★★★★

「象やの粂さん」(1921年・大正10年)長谷川如是閑(にょぜかん)
見世物小屋の象の面倒を見て色々芸を仕込んで象と共に各地を旅していた男、彼は旅先で象に死なれ、今は落ちぶれて小さな象のオモチャを売る商売を細々と続けていた。そんな彼のもとに華族の大金持ちから、自宅にいる象の世話をしてくれないか、との声がかかる。
日本文学でしかも大正時代に象使いの話というのが珍しくて面白い。象をペットにできる華族様とその日の食事にも事欠く貧乏人を対比させ、貧富の格差を見せるが、それを社会問題として声高に言うわけでもない。そこがいい。いや、もう何より象がいい。映画化希望。
★★★★

「夢見る部屋」(1922年・大正11年)宇野浩二
妻がいて住む家がちゃんとあるのに別のところに自分一人が自由に過ごす部屋を借りた小説家の男の話。
つげ義春のマンガ「退屈な部屋」(1975年)の元ネタかな。あれは傑作だったが、こちらはどうにも主人公の心情に共感できずあまり高い評価はできない。なんだか自己中心的で持って回った芸術家の遊びという感じがして厭だ。
★★

「黄漠空間」(1923年・大正12年)稲垣足穂
いかにも稲垣足穂らしい作品。社会問題だとか私的なあれやこれやを題材にせず、「アラビアンナイト」風の物語を書いて見せたのはさすが。ただ面白いかと言えばさほどではない。
★★

「二銭銅貨」(1923年・大正12年)江戸川乱歩
江戸川乱歩のデビュー作。探偵小説史上の記念すべき作品、であることは分かっているのだが、こういう文学のアンソロジーに入っているとどうも浮いて見える。徹頭徹尾、作り物。知的遊戯の産物。そういうものの弱さを感じてしまった。話自体も外に向かう話じゃなくて仲間内に収束してしまう話だから。
それにしてもこんなにも知的水準が同じで、同じような遊び心があって、同じような空想力を持つ友人がいるっていうのは心底怖い、いや羨ましい。
これを読んで何となく乱歩の晩年の作「ぺてん師と空気男」を思い出した。「二銭銅貨」もまたプラティカル・ジョークを扱った作品なのだ。
★★★



ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

面白い

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック