『黒猫/モルグ街の殺人』 理性と狂気の狭間で

小説(短編集)『黒猫/モルグ街の殺人』1839年~1846年 アメリカ エドガー・アラン・ポー著 小川高義訳 光文社古典新訳文庫 2006年10月20日初版第1刷発行 2009年8月15日第3刷発行
2014年11月2日(日)購入 2014年11月3日(月)読了

(注意)ネタバレあり。

短編集。短編8編収録(内、1編はエッセイ)。
エドガー・アラン・ポーの小説は、はるか昔、ぼくが小学生のころに子ども向きにリライトしたものをたくさん読んだ。子ども心にどれも非常に面白いと思った記憶がある。もう45年もまえのこと。
やがてもう少し大きくなると、大人向けに翻訳されたポーの小説に手を出すようになる。これがどうにもとっつきにくいものが多かった。ポーが19世紀の作家でその原文も古めかしいのかもしれないが、訳文まで古めかしく難解で晦渋にすることはなかろう。いくつかの作品(『盗まれた手紙』など)は、面白く読んだが、他は小難しそうで敬遠して今日にいたることとなった。
昨日、ブックオフで見かけたので久しぶりに新訳と銘打った文庫を購入して読んでみることにした。
これが実にスラスラと読みやすくて面白い。「ああ、ポーってこういう作家だったのか。」と目から鱗がバリバリと剥がれた。読んでみなくちゃわからんものだなあ。
以下に各編の感想を書いておく。

「黒猫」(1843年)
ポーの代表作。ぼくも子どものころから何回読んだかしれない傑作。今回久々に読んでもちろん面白かったのだが、同時に考えてしまった。これは、何だろう。超常現象を扱ったホラーなのか、異常な心理状態を描いたサイコものなのか。ラストの壁に塗り込められた黒猫ってなんだろう。そんな状態で何日も放置されたら黒猫は死んでいる筈。「私」が見たのは、黒猫の亡霊か。あるいは、そんなものは存在しなくて「私」が見た幻想であり。「私」が聞いた幻聴だったのか。ただ、同席した警察官たちも「声」を聴いているので「私」だけの幻聴ではないだろう。何度読んでもそこが理屈で割り切れないところが残るところが、この作品の素晴らしいところである。
また、作中に,、法として定められていることを承知の上で破りたくなる、悪くなるために悪いことをしたくなる、という天邪鬼な願望に触れているのも興味深い。理性においては善悪の区別がついている、だが、それなのにあえて罪を犯したくなる人間の心の恐ろしさがよく描かれている。普段は押し殺して見ないようにしているが、こういう気持ちはぼくの中にも確かにある。
短い中に人間の持つ残忍さ(猫の目をナイフで抉り出す!)がよく描かれていてこれは死ぬまで忘れられない小説だ。傑作。

「本能vs.理性━黒猫について」(1840年)
エッセイ。タイトルだけ見ると小説『黒猫』の解説かな、と思うのだが、書かれたのは『黒猫』の3年前なので小説との関連はなさそうだ。現実に猫をよく観察してその行動を記したもので極めて理性的でユーモアもある。当然のことながら『黒猫』の主人公とはまるで別人。むしろポーがいかに猫を愛しているかがよく分かる。
だが、逆に言うと、こんなにも猫のことを愛している人が『黒猫』を書いてしまうというのが恐ろしいところ。

「アモンティリャードの樽」(1846年)
この短編集は作品の選び方と並べ方が絶妙にうまい。最初から順番に読んでいくと比較できて意図がよくわかる。『黒猫』のあとに黒猫のエッセイ、そのあとのこの作品という並び。
『黒猫』は妻を殺して地下室の壁に塗り込める話だったが、こちらも憎い相手を殺して地下室の壁に塗り込める話。って同じじゃないか!作家ってお気に入りのパターンがあるものなんだな。そこが大変興味深い。
この作品のユニークなのは、主人公が相手を殺すほど憎んでいるのだが、そのいきさつが全く説明されていないところ。そこが気に入った。
あとなんといってもラストの一行が素晴らしい。ああ、こういうオチがあったのか!と思わず唸った。傑作。

「告げ口心臓」(1843年)
これも殺人の動機が異常。主人公が老人を殺したのは、老人の眼が原因だったという。他に人間にはまったく理解できない。だが、主人公は老人の眼を見るだけで追い詰められ殺人を決意したのだ。
171年も昔に書かれたのに何だか最近のサイコスリラーを読むような感じ。動機なき殺人、もしくは他人には理解できない動機の殺人をこんな昔に書いていたことに驚く。
この主人公は老人を殺し、死体をバラバラにして地下に埋める(またしても!)。やがて、警察がやってきて聞かれもしないことを喋りだす、というのも『黒猫』に似ている。でも使い回しという感じは何故かしない。それぞれに独自の良さがあるからだ。傑作。

「邪気」(1845年)
小説ではあるけれど前半部は、なんだか理屈を連ねた評論のようで後半になってやっと現実の殺人の話になるという変な構成。特殊な毒物を混入させたロウソクを燃やすことによって人を殺すという完全犯罪を遂行した男が、別に誰に疑われているわけでもないのに、良心の呵責に苛まれているわけでもないのに殺人を告白してしまう「ひねくれ精神」の話。『黒猫』『告げ口心臓』同様、喋っては身に破滅と分かっているのに(いや、分かっているからこそ)喋ってしまう心理が面白い。

「ウィリアム・ウィルソン」(1839年)
昔読んだときは面白いと思ったのだが、意外や意外、この短編集で一番つまらなかった。何故だろう。このネタは、後年になって色々な作家に濫用されすぎて凡庸に感じられたのか。あるいは、この話自体の寓意性、もしくは教訓的なところには白けたか。または今となってはあまりにも図式的で他の作品に比べてどこかはみ出すものがないせいか、おそらくそれらすべてだろう。読み終わるのがしんどかった。

「早すぎた埋葬」(1844年)
他人を殺して地下に埋める、というのがポーの好きな設定らしいが、こちらは自分自身が生きているのに間違って埋められたらという恐怖を描いたもの。もっともその恐怖はクライマックスで反転し、ポーとしては珍しくも楽天的と言えるようなラストになる。そこが意表を突かれて面白かった。

「モルグ街の殺人」(1841年)
探偵小説の元祖としてあまりにも有名な作品。今、読んでもやっぱり異常で面白い。
ただ、いかにも古い時代の小説と心得ておかなくてはいけない。科学捜査だの鑑識だのといった概念がない時代のものだから、現在の眼から見れば、いくらなんでも警察が無能すぎるということになるが、古典にそれを言ってもしょうがない。
そういうことを除外して読むと別の面白さがある。動機のない殺人の一つの極め付けだろう。何しろ犯人は人間じゃないのだから。よくもまあこんなとんでもないことを思いついたものだとひたすら感心する。ミステリ史上、最も意外な犯人の極め付けでもある。あまりにも凄すぎてこの小説自体が探偵小説のパロディに思えてしまう。詳細に描かれた殺人現場の地獄絵図、殺人の顛末の恐ろしさ、そして奇妙な味。最初にして最高の作品。
今の映画技術でこの小説を忠実に映画化できないものか。間違いなく傑作になる。
久々に読んで興奮した。大傑作。

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