小説(児童文学)『思い出のマーニー』 第2章 だれがいけなかったの?

小説(児童文学)『思い出のマーニー』1967年 イギリス ジョーン・G・ロビンソン著 高見浩訳 新潮文庫

(注意)以下の文章において小説およびアニメの『思い出のマーニー』のネタバレしています。

アンナももともとの名前は、マリアンナ出会ったことが明かされる。マリアン(マーニー)とマリアンナ。祖母の名前を受け継いだわけだ。そして、養母が引き取った際にマリアンナはアンナと改名される。この辺の経緯が興味深い。

アニメは、現代日本に舞台を移しているので全くなくなってしまったが、原作小説には戦争が背景にある。
マーニーの父親は軍人だったが、第一次世界大戦で戦死している。また、アニメでも描かれたマーニーと娘が不仲になった原因も小説では戦争にある。
第二次世界大戦中、ドイツ軍のロンドン空襲に脅えたマーニーは幼い娘を心配して、一人でアメリカに避難させる。いわば国外疎開したわけだ。ところが娘の方は、母に見放されたと思い込み、戦後に再会してもまるで別人のようになり、心を閉ざした。これもまた戦争が生んだ悲劇。

多忙な両親は家を空けていることが多く、マーニーはメイド、ばあやと過ごすことが多かった。ところが彼らは使用人の身でありながら、主人の娘マーニーを精神的・肉体的にいじめていたのだ。しかもそれが常態化していた。
イギリスのメイド好きの人が読むとちょっと衝撃的かも。
マーニーの両親だってマーニーを育児放棄していたことになる。この辺はかつてのイギリスの暗部といってもいいかもしれない。児童文学でこういうシビアな問題を取り上げる著者の姿勢が素晴らしい。

シビア、といえば、お金の問題もある。アニメでも非常に印象的だった、アンナを育てるための補助金が公的機関から養父母に支給されていたという話。原作でも当然ある。お金のことを偶然知ったアンナは、「養父母は決して愛情だけで自分を育てているのではないのだ、お金欲しさなんだ。」と絶望する。
原作でもアニメでも養母がそのお金のことを告白して、「お金は貰っているけれど、あなたを愛しているの。」と言い、アンナと和解する。原作、アニメともに感動するいいシーンである。
ところが、この直ぐ後にアニメにはない原作だけの驚くべきシーンがある。なんとアンナは、養母に手紙を書いて、以前に財布からお金を盗んだことを告白して謝罪する。
ここ、どう考えたらいいだろうか。養母の真摯な告白に心打たれて、自分の罪を告白した正直な子?それとも、補助金のことが出たタイミングで言えば、養母もそんなに怒らないだろうという狡猾な計算をした子なのか。
ぼくは、後者に思えてならない。アンナの怖さを垣間見たと言っていい。
アニメでここをカットしたのは正解だと思う。アンナに対する印象が悪くなるから。

アンナの怖さ、といえば、もう一つある。アニメでも非常に印象的だった、アンナが地元の同年輩の女の子に暴言を吐くシーン。アニメでは「太っちょブタ!」、原作では「でぶっちょの豚むすめ!」となっている。
アニメも小説もそれほど暴言を吐くような状況とは思えない。アンナの気性の激しい一面を見せる効果を狙ったのだろうが、それは成功している。むしろ成功しすぎてアンナに好感を持てないくらいだ。
アニメの方では、暴言について謝罪するシーンがあるのだが、小説では一切ない。アンナがその女の子に町で偶然会っても、元気に「こんにちは!」にあいさつするだけ。
今の日本でアニメにするとやはり謝罪シーンを入れないと駄目なんだろうな。その謝罪シーンもブログなどでは、「ついでに言っている。」とか、「誠意が感じられない。」とか非難する人もいる。こういう人が原作小説読んだら大激怒だと思う。
そういうぼくもやはり謝罪シーンがあった方がしっくり来る。原作には違和感を覚える。だが、この違和感こそ外国の小説を読む面白さだろう。納得できない、理解できないものがあることを知ることは大事である。
(つづく)


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