「ゲド戦記Ⅲ さいはての島へ」 人はすべて死ぬ

小説「ゲド戦記Ⅲ さいはての島へ」1972年 アメリカ アーシュラ・K.ル=グウィン著 清水真砂子訳 岩波書店」 ソフトカバー版 2006年4月6日第1刷発行
2014年1月4日(土)読了

Ⅰ巻で十代、Ⅱ巻で三十歳前後だったゲドもこのⅢ巻では、五十に手が届く年齢になっている。一気に時が流れた。ゲドは、大賢人と呼ばれ、ロークの魔法学院の学院長という立場である。そんなゲドの元にある国の王子が、悪い知らせを持ってきた。彼の国では、魔法がその力をなくしてしまったのだという。そしてそれはその国だけでなく、他の国でも起きていることなのであった。その原因を探り、魔法の力を取り戻すべく、ゲドはその若き王子アレンを連れて旅に出る。
半分近くまでゲドが姿を見せないⅡ巻と打って変わって、Ⅲ巻は最初からゲドが出ずっぱりで主人公らしくなっている。ただ、寄る年波のせいか、そんなに勇ましいヒーロー的な活躍は影を潜めている。そのため、最初はゲドに全幅の信頼と強い尊敬の念を抱いていたアレンが次第にゲドの対して猜疑心を抱いていく心理的変化が一番の読みどころ。しまいには敵の攻撃で深い傷を負ってしまうゲドは、アレンから見ると単なる老いぼれにしか見えなくなる。この辺りがとても面白い。
もちろん、最終的にはゲドは素晴らしい魔法使いであることを示し、勝利を収めるのだが、そこには楽天的な雰囲気など欠片もない。ラスト近くでゲドは、満身創痍の状態で
「魔法はすべて使い果たした。だから、もう、魔法使いではないんだ。」と言う。

Ⅰ巻で「自分とは何か」というテーマが、提示されたが、このⅢ巻では、「生とは、死とは何か」というさらに重いテーマが提示される。黄泉の国で繰り広げられる「敵」とゲドとの問答の深さ、面白さ。
「敵」とは書いたが、これもまたゲドなのかもしれない。
全編にわたって派手な立ち回りとかは少ない。これはあくまでも人間の内面の葛藤の物語なのだろう。そこに魅了される。

Ⅲ巻は、竜が魅力的に描かれている点も見逃せない。海岸に満身創痍の瀕死の竜が横たわるさまはまさに壮絶な情景。これは是非映像で見たいと思わせる。また、オーム・エンバーという竜がゲドの敵と戦い、鋼の杖で刺殺されるシーンも実に凄惨で気に入った。これも映像化希望。ラストでは、カレシンという竜がゲドとアレンを助けるなど、Ⅲ巻は本当に竜が活躍する。単なる恐るべき存在ではなくなっている。そこがいい。

旅の途中でゲドとアレンと同行することになったソプリという男があっさり死んでしまうのには驚いた。何のためにこの男を出したのだろう、よくわからない。わからないけど、こういう脇キャラの処分の仕方の冷酷さは印象的。

Ⅲ巻まで読んできて、このⅢ巻が一番、暗く陰鬱でテーマが重く暗く冷酷なので、好きになった。
大傑作である。
ゲド戦記 3 さいはての島へ (ソフトカバー版)
岩波書店
アーシュラ・K. ル・グウィン

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