「厭な物語」 読後感最悪。

小説(アンソロジー)「厭な物語」2013年 アガサ・クリスティー他著 中村妙子他訳 文春文庫 2013年2月10日第1刷 2013年2月8日(金)購入 
2013年2月17日(日)読了

タイトル通りに「厭な物語」11編を収録したアンソロジー。編者の名前がどこにも見当たらないが、おそらく日本オリジナルのセレクションと思われる。
11編中4編が既読。
あんまり本を読まないぼくにしては率がいいが、それは要するにかつての名作を入れているということでもある。「すっぽん」「くじ」「判決」「うしろをみるな」なんて有名すぎてみんな読んでるんじゃないの、今さらわざわざ入れるかね、という気持ちに正直なった。ところが、ツイッターとかながめてみると案外読んでいない人が多い。ということはどうやら世代交代がなされているということなのではないだろうか。ぼくのような55歳の人間なら読んでいて当然、というか読んでないと恥ずかしいとされてきたものを全く知らない世代が登場してきたのだ。そうすると、「今さらわざわざ入れるかね」なんて発言は撤回すべきだろう。
ごめんなさい。
若い人たちに名作を読んでもらうのは大事なことだ。おそらく、このアンソロジーの編者の狙いもそういうことにあるのだろう。では、ぼくのような中年(初老」?)男の感想を個々の作品について記しておこう。

「崖っぷち」アガサ・クリスティー
初読。女性の厭な感情を描き出してよく出来た作品。クリスティーって結構厭な感じの作品が多い。代表作の「そして誰もいなくなった」だって相当えぐい話だ。この「崖っぷち」の面白いところはヒロインの気持ちの変化だ。明らかにある女性を追い詰め自殺するように仕向けているのに本当にその女性が自殺してしまうと強烈な罪悪感にとらわれて精神を狂わせていく。ヒロインに悪意はあったのかなかったのか。他人を攻撃する人間は実は脆い、という皮肉な結末。
あと、これは本筋にはまるで関係ないのだが、重要な登場人物がヴィヴィアン・リーという名前なのには少し笑った、もちろん女優ヴィヴィアン・リーを思い出したからだ。この作品が書かれた1927年にはヴィヴィアン・リーはまだ映画界デビューしてないから偶然の一致なのだが、美人でしかも悲劇的という点で「哀愁」のヴィヴィアン・リーをどうしても頭に思い浮かべてしまう。こういう珍しいことがある。

「すっぽん」パトリシア・ハイスミス
既読。昔読んだハイスミスの短編集「11の物語」に収録されていた。この「厭な物語」も11編収録なのはこの本を意識したのか。
何度読んでも傑作、今回も面白かった。それにしても生きたすっぽんを買ってきて鍋に入れて煮ちゃうなんてイギリスの普通の家庭でやっているものなのかな。どうもここに出てくるすっぽんって日本でいうすっぽんと種類が違うと聞いたことがある。それに日本じゃすっぽんシチューよりすっぽんの生き血を飲む方が一般的か?
それはともかく、母と子の心の隔たりがすっぽんという小さな生き物によって大きく広がり、惨劇につながるというのが見事。母親はすっぽんを食べ物としか認識していないし、子どもはペットとしてしか認識していない、という恐ろしさ。しかも子供の気持ちを理解していない(理解できない)母親が子ども向けの本の挿絵画家だという辛辣極まる皮肉。惨劇よりも実はこういうところに作者の悪意を忍ばせているあたりが怖い。

「フェリシテ」モーリス・ルヴェル
初読。小さな幸せをつかんだかに見えた女性に訪れた残酷な運命の仕打ち。古風な、よく出来た話。でもそれ以上のものはない。

「ナイト・オブ・ザ・ホラー・ショウ」ジョー・R・ランズデール
初読。厭な心理劇三つ読んだあとでこういう単純な肉体的暴力描写満載の作品を読むとホッとする。毎度おなじみアメリカ南部の恐るべき惨劇を描いて面白く読める。日本人のぼくからするとあまりにもストーリーも暴力描写もとんでもなさすぎてリアリティーが感じられないが、そこがいい。傑作。タイトルからして明らかにB級映画テイストなので作者も楽しみながら書いてくるのが伝わってくる。

「くじ」シャーリー・ジャクソン
名作中の名作。もう何度読んだことか。生れて始めて神田神保町に一人で本を買いに行った中学二年生の時、初めて出会ったのが、「異色作家短篇集」のシャーリー・ジャクソン「くじ」とシオドア・スタージョン「一角獣・多角獣」だった。買って帰って夢中で読んだ。思えば42年前のことである。2013年に55歳でまだ「くじ」読んでいるんだものなあ、読書傾向がまったく変わっていないというか、成長がないというか、バカというか、幼いというか、まあその全部なんだけど今度読んでやっぱり面白いんだからしょうがない。
この話自体は、のちにいろいろなパロディやパクリやオマージュやなんやらいろいろやられているんだけど、「くじ」がやっぱりすごいのは、この村がそんなに異常な村に見えないところだ。あくまで日常的な風景の中で唯一、非日常なのがくじという行為だけなのである。これを最初から村人を狂った人々と描写してしまうと台無しなのである。あと、やっぱり石が怖い。レイモンド・カーヴァーの短編でラストで石が出てくるのがあったけどあれもこれの影響か。
どうせだったら、シャーリー・ジャクソンの「こちらにいらっしゃい」を復刊してくれないかな。あの本に載っていた「くじ」顛末記が久々に読みたくてたまらなくなってしまった。
ちなみにクリス・オドネル主演の映画「プロポーズ」ではなんとオドネルが冒頭でカメラに向かって「くじ」の話をするので映画館で度胆を抜かれた。そのあとのストーリーにあまり「くじ」は関係なかった。

「シーズンの始まり」ウラジーミル・ソローキン
初読。ネタとしてはこれは昔からあるものなのだが、「なるほど、こいうやりかたがあったか」と思わず感心。これも異常性など露ほども見せず日常描写を積み重ね、そして恐るべきことが・・・。いわゆる説明がないので彼らが何者で狩られる対象が何者なのか、何故そんなことが日常的なこととして行われているのか、まるでわからない。そこが何とも素晴らしい。傑作。

「判決 ある物語」フランツ・カフカ
既読。これも名作なのは確かだが、意外にもこのアンソロジーで読むとなんか場違い感が強い。決してカフカが芸術で文学で高級なんだというわけではないのだけど、どうもしっくりこないのである。前は確かカフカの短編集で読んで感動したのだが、これはどういうわけだろう。まあ、その辺もアンソロジーの面白い所と言ってしまおうか。食べ合わせが悪いってこと、たまにある。

「赤」リチャード・クリスチャン・マシスン
初読。ごめんなさい、これ、何が書いてあってどこが面白いのか、よくわからないのですが。ただ、ひとつだけ面白いと思ったのは、この作品のラストの一行が、その前のカフカの作品のラスト一行とよく似ていたこと。

「言えないわけ」ローレンス・ブロック
初読。これは面白かった。話としてはかなり早い段階で先が読めるのだが、作者はその先を用意している。上手い、と言うか怖い。復讐は簡単にはできない。邪悪な人間のことを侮ってはいけない。普通の人間が彼に攻撃しても彼はその上を行く。傑作。

「善人はそういない」フラナリー・オコナー
初読。傑作、ではあるのだが、なんで「ナイト・オブ・ザ・ホラー・ショウ」と同じアンソロジーに入れるかな。同じアメリカ南部の話で何人かの人が無造作に殺されるのも一緒。何だか印象が相殺された気分。このセレクションには名も知れぬ編者の秘かな悪意を感じてしまう。

「うしろをみるな」フレドリック・ブラウン
既読。これが一番、「今さら感」が強かった。これも40年以上前に確かブラウンの「真っ白な嘘」という短編集で読んでから何度も読んでいる。結局、これってワン&オンリーのアイデアでしょ。オチ知ったらそれまでで面白くないはずだ。そう思いながら30年ぶりくらいに読んでみた。でも意外にイケる。まあ、オチはあれだけど、そこへ行くまでが結構よく出来ている。これ、要するにサイコものなのね。忘れてた。ラストの殺人に至る主人公の心理が今読むと腑に落ちる。
まあ、本を印刷するっていうのがもうどうにも古いよね。今だったら、ツイッターかな。ツイッターに「お前を殺す」という殺人予告が書き込まれるけど、本人は全く気にしないで放置してブログにたった今読んだばかりの「厭な物語」という本の感想を書いている。そして






厭な物語 (文春文庫)
文藝春秋
2013-02-08
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