「脳男」 マッド・ボンバー

小説「脳男」2000年 首藤瓜於(しゅどう うりお)著 講談社 2000年9月11日第1刷発行
2013年2月2日(土)読了

第46回江戸川乱歩賞受賞作。
2月9日公開の映画の原作。映画を観る前に読みたくなったので買い求めた。

冒頭、いきなり警察がある事件の容疑者の隠れ家を包囲しているところから始まる。このあたりからいかにも映画化、ドラマ化を意識したような印象を受ける。それ以降のアクション描写、およびそこに挿入される事件の経緯の説明のバランスも巧みである。デビュー作とは思えないほど手慣れている。
この容疑者は一連の爆弾事件の犯人と目されている人物。この作品を予備知識なく読み始めたのでてっきりこの人物と警察との戦いをメインで描く話なのかと思ったが、すぐにそれは覆される。もう一人の人物が現れ、なんとこの容疑者と格闘するのである。結局、容疑者は逃走し、警察はこの突然の闖入者の方を逮捕する。「鈴木一郎」と名乗るこの人物はいったい何者なのか。
アクションで始まった話は、ここから鈴木一郎を巡るサイコサスペンスの趣きになる。この転調は意表を突きなかなか面白い。

何者とも知れない鈴木一郎の過去を探っていくのがこの作品のメインになるのだが、最初は面白く感じたのにしだいにここがいささか飽きてくる。「感情を持たない」特異な人間像を作者が一生懸命に構築しようとしているのが、凝りに凝っている割には今さら感が強くしてしまう。13年前の作品だから鮮度が落ちるのも仕方ないことではあるが、こういう人間離れした特殊な精神構造の人間の話はもう何度も読んだ(観た)よ、という思いにとらわれる。鈴木一郎の謎を追いかけるのが、アメリカ帰りの女性精神科医というのも今となってはあまりにもありきたりすぎるし、警察側の代表である刑事が身長190センチ、体重120キロの巨漢という人物設定もちょっと苦笑してしまう。鈴木一郎については実に執拗に描写されているのだが、この二人のような脇役の人物については通り一遍なのである。鈴木一郎を際立たせるために敢えてやったんだとは思う。

まあ、作者も読者も娯楽小説と割り切ってるわけだから、登場人物みんなに人間的深みがあったりするとかえって話の進行に妨げが出てくるだろう。小難しいことを言わなければ面白いのは確かだ。

最初に出てきた爆弾犯人がそれっきり出てこないからどうしたかな、と思っていたら後半に再登場して活躍してくれる。この辺も誠に読者の気持ちをつかんで心憎い。それまで執拗に描かれてきた鈴木一郎の特異性がここで具体的に発揮される爽快さ。ここでまたアクションに転調しているのが上手い。
トラップが仕掛けられた部屋で爆弾を装着された幼女を鈴木一郎が救出するシーンなんかはまさにハリウッド製アクション映画ばりのスリリングなシーンで、思わず「やってる、やってる」と嬉しくなってしまった。その辺のツボの押さえ方も堂に入ったもの。かつて見た「マッドボンバー」や「ジェット・ローラー・コースター」などの爆弾もの映画を連想した。決して高級とは言えない、大作とは言えない、かつてのB級娯楽アクション映画の感触があるのである。特に爆弾犯人が●●というくだりなんてまさにB級の味。いや、けなしているのではなく褒めている。こういうのも大いにありだと思うから。真面目な人は怒るだろうけど。何しろ●●だもの、現実的でないって言われそうだ。
爆弾犯人の内面描写とか一切ないのも気に入った。その徹底ぶり。鈴木一郎を際立たせるためのキャラでしかないというのが凄い。

というわけで中盤に少し退屈した以外は全体的にとても楽しめる出来栄えだった。映画の方も楽しみ。アクションシーンは映画の方が威力を発揮するだろうし、作者も明らかに映画を念頭に入れている。ただ、幼女に爆弾というのはちょっと不味いかな、今のご時世では。


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