「審判」 人間とは何か

演劇「審判」1974年 イギリス バリー・コリンズ著 青井陽治訳 劇書房 1979年3月15日発行
2012年9月23日(日)読了

サミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」を初めて読んだらつい興奮してしまい、立て続けにもう一度読み直し、まだ気持ちがおさまらないので、別の作家の戯曲を読むことにした。二日酔いの迎え酒ならぬ迎え読みである。

読んだのは、バリー・コリンズの「審判」。
これは7年前に加藤健一主演の舞台も観ているし、戯曲自体もその時読んでいるので再読ということになる。

「ゴドーを待ちながら」の読むものを引きづり廻す暴力性も相当なものだったが、こちらも凄い。
扱われる題材は、人間にとって究極のタブーにして最大の暴力行為であり、また愛の行為とも受け止められる行為、人肉食である。
戦時下の極限状態の中で起きた恐ろしい出来事。それをただ一人、正気を保って生き残った男が語る。
一人芝居の極限だ、と言える作品だ。

一人芝居といってもモノローグではなく、タイトルの「審判」が示すように審判のために判事たちの前で一人の男が自らの体験を語る、という設定である。
次第に極限状態に追い込まれていく恐ろしさ、自分以外の6人が辿って行った運命の過酷さが描かれ、さらに人肉食のディティールも実にリアルに描かれている。
本当におぞましく陰惨な話なのだが、それでも生き抜いていった一人の男に人間の持つ素晴らしさを見ることが出来る。
主人公の語りが時として「演説」に聞こえてしまうのは狙いなのだろうか。一人の男の英雄譚のようにも感じてしまう。艱難辛苦を乗り越えて人間として未踏の地にたどり着いた英雄の姿がここにある。
何だか知らないが、今回はそんなことを強く感じてしまった。





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