「日本の戦後 下巻 定年を迎えた戦後民主主義」

ノンフィクション「日本の戦後 下巻 定年を迎えた戦後民主主義」2005年 田原総一朗著 講談社 2005年7月19日第1刷発行
2012年6月11日(月)読了

沖縄返還、全共闘、バブルの功罪、そして教育改革から構造改革!
戦後から55年体制の崩壊へ
保守と革新、財政と消費、愛国主義とグローバリズム
二項対立の時代に、あえて中途半端である勇気を持て!(帯より)

第六章 佐藤栄作 ━「待ちの政治家」という誤解

上巻で出てきた吉田茂、岸信介、池田勇人という三人の総理はまだ私が生まれる前か小さいころの人なのでいささかピンとこなかった。下巻の佐藤栄作あたりからだなあ、リアルタイムの認識があるのは。
佐藤栄作はあまりにも有名な辞め方が印象的だったし、それ以前の在任中もそんなに褒められることのない総理だったように記憶している。後年なぜかノーベル平和賞を受賞した時も揶揄する声やもっとひどい罵倒する声も聴いた。その印象がずっと後まで残っていた。
ところが、この本では田原総一朗は割合に佐藤栄作を評価しているようである。読むと一応なるほどとは思うのだが、「反戦平和を掲げる社会、共産党ですら、およびもつかない平和主義」というのはちょっと褒めすぎなのではないか。まあ、時代を経ることによって人物の評価というのは変わることはよくあることではあるが。
ただ、これからまた佐藤栄作について詳しく調べようという気にまではならなかった。そこまでの魅力はない人だ。

第七章 全共闘 ━若者の心をとらえたのは何か

60ページほどの章なのでとうてい全共闘というものを語れるはずもなく基本を押さえた程度の文章なのが物足りない。
田原総一朗としては思想云々ではなく、全共闘にかかわった若者たちの人となりに興味があるようで、人物スケッチとしては面白いが、背景を深く掘り下げているとは到底言えない。

第八章 日米経済摩擦 ━敵はソ連よりも日本
第十章 構造改革 ━失われた十年の原因と新たな胎動
終章 五五年体制の崩壊と安全保障

このあたりまで時代が下がってくると私でも知っていることが多くなるので取り立てて目新しいところもユニークなところもなくつまらなくなる。テーマに沿ってコンパクトにまとめてあるのは結構なのだが、田原総一朗独自の見解といったものも乏しく、興が乗らない。

第九章 教育 ━不毛を生み出した教育改革

この章は面白かった。ここで取り上げている教育改革は私が高校を卒業し、就職した後のことなのでまったくと言っていいほど興味も関心も知識もなかったので、いまさら読むとなんだかとても面白く読めた。
「受験地獄は幻影だった」という指摘などまさに目から鱗である。
私はこの章に出てくる「勉強しない」生徒そのものだった。小・中・高すべてにおいて勉強せず、従って勉強ができず、授業が理解できず、まさに惨憺たる成績だった。
だから、この章に出てくる寺脇研(かつての文部官僚、映画評論家)の発言で

「中学校卒業辞点では、全員が100点をとる、誰もが授業内容をきちんと理解できるようにする。それを実現することが目標でした」(263ページ)

とあるのをみるとそのあまりの理想主義的で現実離れした内容に恐怖すら感じる。もっとも、これは私の卒業後のはるかあとのゆとり教育の話なのだが。
超エリートの寺脇研からみれば、学習意欲のまったくない私のような人間は想像できないのだろう。どんなに素晴らしい教育を実践しても「勉強しない」「勉強できない」人間が存在するのだ。
全員が100点をとる中学校ってどう考えてもディストピアとしか思えないのだが。

勉強がまったくダメでスポーツがダメで芸術的才能が皆無で社交性に乏しく恋人はおろか友達もまるでいない、チビでデブで不細工で小心者で粗忽で怠惰な生徒だった私は、今54歳でそれなりに生きている。

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