「日本の戦後 上巻 私たちは間違っていたか」

ノンフィクション「日本の戦後 上巻 私たちは間違っていたか」2003年 田原総一朗著 講談社 2003年9月26日第1刷発行 2005年7月19日第4刷発行
2012年6月10日(日)読了

敗戦、占領、天皇制、日米安全保障条約、そして政治闘争・・・・・・
歴史が傷つけられ、国家の信用を失う政治・外交の「ねじれ」の真相を読み解く「経験論的戦後史」!!(帯より)

戦史にはそれなりに興味があるが、戦後史しかも政治がらみの話には取り立てて興味も関心もなかった。なのでこの手の本を買って読むのは初めてといっていい。知らないことが多かったのでいろいろと教えられることも多く読む前に思っていたよりも面白く読めた。田原総一朗の文章も読みやすくわかりやすくてスラスラと読める。帯に「経験論敵戦後史」とあるように田原総一朗の自分史を戦後史に絡ませてあるが、それらも煩わしくなくすんなりと受け入れられる。田原総一朗はテレビの司会などを見ているとどうにも居丈高で自己主張の強いタイプでいささか苦手だったが、文章で読むとそんな感じがしない。自分史も自慢史にならず割と親しみを持って読むことができる。さすがにテレビ業界および出版業界で何十年もメシを喰ってきた人間だけのことはある。媒体によって自分の見せ方を熟知している。

第一章 大新聞はなぜ戦後の弾圧を総括しないのか

この章のみ政治とは直接関係ない話題を扱っている。戦時中に各新聞社がいかに軍部に協力し、国民を戦争の駆り立てたか、ということに触れた本はたくさんあるが、ここでは戦後、占領軍によって行われた「言論弾圧」を取り上げていて非常に面白いと思った。
敗戦によって日本軍部の弾圧はなくなったのに今度はアメリカ軍部(もしくは連合国軍)による弾圧とは、つくづく新聞というのは権力に対して手も足も出ない存在なのだということがわかる。
占領軍にとって不利益になる記事は新聞に載せない、という締め付けがあったことが書かれている。結局、戦中と同じで言論の自由などというものはなかった。
戦中に「鬼畜米英」と呼ばれていた敵兵が、日本に進駐してきたらとても紳士的でフレンドリーだった、という「伝説」を私なんかもさんざん読んだりしたものだが、なんのことはない、悪いことは報道しないように圧力をかけていたわけか。まあ、占領軍としたら当然の行為か。
しかも驚くべきは、この占領期の占領軍の検閲・介入・強要の記録が日本の新聞社に一切保管されていないという事実である。にわかに信じがたいことだが、新聞社みずからが、そのような記録を破棄したのだという。
ちなみに占領した側のアメリカには、それらの記録はきちんと残っているそうだ。

この章では、読売新聞が共産主義化して「日刊アカハタ」と呼ばれていたとか、売り上げの芳しくなかった産経新聞があえて「反朝日」を掲げて差別化する営業戦略をとったという話も面白い。

第二章 吉田茂 ━弱者ゆえの恫喝
第三章 岸信介 ━「反動政治家」の正体
第四章 池田勇人 ━エコノミック・ポリティクスの功罪

ここでは各章ごとに戦後の激動の時代を生きた三人の首相を取り上げている。いずれも私が生まれる前か幼いころの人たちなので馴染みがなく、名前は知っているけど取り立てて興味はなかった。でも、ここで非常に要領よくコンパクトにまとめられている文章を読むとこの三人に興味がわいてくる。
何よりもまず、最近の首相と比べると「大物」だなあ、という感想を持つ。混乱期にこのような人物を日本のリーダーとして得ることができたのは日本にとって幸いなことであった。
もちろん、三人が三人とも当時も今も称賛されていたわけではない。むしろ悪評のほうが多いかもしれないし、実際、彼らがやったことを見るとどうかと思うようなこともある。
田原総一朗は決して自分の評価を押し付けることをせず、多岐にわたる文献や実際の当事者・関係者へのインタビューによって様々な側面から彼らの人物像を浮かび上がらせている。肯定も否定もしていない。
田原総一朗が若かりし日に抱いた彼らへの印象を素直に記し、その後明らかになったことから、それらの印象を修正したりもしている。同時代に生きていると見えないことも時を経ればまた違って見えてくることがある。

吉田茂の政治家としての弱さ、岸信介の読みの深さと誤り、「所得倍増」というワンフレーズを効果的に使った池田勇人の功罪、いずれも示唆されるものが多く、読んでいてためになった。

それにしても負けたのだから仕方ないとはいえ、戦後のアメリカには日本もずいぶん振り回されたものだ。日本弱体化の目論見が、米ソ冷戦と朝鮮戦争で吹っ飛び、「日本を共産主義に対する防壁にする」というところに行きつく御都合主義。いつまでたってもアメリカは厄介な国だ。

第五章 社会党 ━「反戦平和」政党の没落

わざわざ一章分で扱うほどのことかとも思うが、田原総一朗なりの思い入れがあってあえて書いたということが文章を読むとよくわかる。
政党というものが、政治信条を同じくする人たちの集まりかと思ったら大間違いで、右派と左派が呉越同舟して揉め事起こしているのが常態化している党が実際にあったというのが実に驚きである。笑っちゃう、というか悲しくなる。こういう党が曲がりなりにも野党第一党だった時代があるのだからなあ。
このいまは存在しない政党のことを書きたがる人もそんなにはいないだろうから、これは貴重な文章である。
田原総一朗が、この党に寄せていた希望というか信頼みたいな気持ちもいささか共感できる。自民党はいや、かといって共産党もいや、という人たちの受け皿だったのは確かだ。それを生かせなかったものか。





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