「闇の王子ディズニー 上下巻」 ゆめ の くに

ノンフィクション(評伝)「闇の王子ディズニー 上下巻」WALT DISNEY HOLLYWOOD’S DARK PRINCE 1993年 アメリカ マーク・エリオット著 古賀林 幸訳 草思社 1994年10月25日第1刷発行
2012年2月15日(水)読了

あのウォルト・ディズニーの評伝である。しかも「闇の王子」といういかにもあざといタイトルが付いているし(原題もDARK PRINCE)、上巻の帯には「ディズニーはFBIのスパイだった!?」という煽り文字が躍っている。これは面白そう、というのでいささか下世話な興味を抱きつつも上下巻を買って一気に読んだ。
全体的に非常に面白い本なのは確かではあるが、期待したようなディズニーのダークサイドについては、正直言って「こんなもの?」と拍子抜けである。
そもそも、この程度でFBIのスパイって言い切っちゃっていいのだろうか。スパイという言葉の定義にもよるとは思うが、これでは単なる情報提供者にすぎない。著者のマーク・エリオットが、FBIから許可された資料が乏しすぎるだけで全容はもっとあるのかもしれないが、この本で示されたようなことでは到底問題になるとは思えない。とにかく、具体的事例があまりにも少ない。著者としては、ディズニーが赤狩りに協力した、ともって行きたいのだろうが、この程度じゃ説得力に欠ける。
FBIがらみでディズニーの出生の秘密を取り上げたくだりも噴飯もの。憶測に次ぐ憶測ばかり、仮定に次ぐ仮定ばかりで妄想に近い。なんだかFBIに踊らされているのは著者の方じゃないか、と思えて来る。
FBIにディズニーが協力的と書いておいて最後の方ではなぜかディズニー映画ではFBIを皮肉った作品もある、と紹介したりしているのもディズニーにおもねったようで腰が引けた印象を受ける。そもそも、立派な政府機関であり、別に謎の秘密組織でもないFBIに協力するのがなぜいけない?愛国的であったというディズニーなら無理からぬ行動に思えるのだが。

そういう納得できない部分も多い本ではあるが、ウォルト・ディズニーの伝記的事実についてあまり知識のなかった私には、初めて知ることも多く、またディズニーおよび映画界の歩みが非常に興味深かった。
とにかく、近年の大成功をおさめた大企業ディズニーの姿があまりに強烈なので忘れがちだが、創成期のディズニーはゼロから始まったのである。
親が資産家でもなく、コネもなく、かといってウォルト・デイズニー自身にも学歴があるわけでもなく、才能があるかどうかだって分からない。何ものでもない単なる22歳の青年が、カンザスシティからロサンゼルスに成功を夢見てやって来た。頼りになるのは、兄のロイ、仲間のアブ・アイワークスくらい。
時は1923年。無声映画時代。だが、ウォルトたちは映画界に参入するのにいささか遅すぎた。既にハリウッドは主にユダヤ人たちが経営する大手映画会社数社によって支配されていた。それらの会社は、製作・配給・上映を独占していた。つまり、独自の配給網も映画館も持たない(持てない)ディズニーのような独立弱小製作プロダクションは大手の言いなりになって配給していただき、上映していただく立場なのである。どれだけこの制度にディズニーが泣かされてきたか、を読むと泣けて来る。ちなみに最高栽判決によりこの独占支配が終焉を迎えたのは1952年2月だという。

零細企業ディズニーは、1923年からずっと短編アニメを作り続けたわけだが、とにかくこの本によれば、常に財政難、経営難で赤字続きだったようだ。人気が出ても収益が上がらず、たとえ上がっても次回作につぎ込んだり、人件費に充てたりしなければならなかった。経理担当のロイの苦労がしのばれるし、また、人手不足でウォルトの妻、ロイの妻もアニメのトレースや彩色を手伝わなければならなかった、というのはこれまた泣ける。
21世紀の日本でもアニメーターが低賃金で働いているとよく話題になるが、あのディズニーにしてからがこれほどまでに金に苦労していたとは知らなかった。本当にアニメは金食い虫だ。
さらに初期に生みだしたアニメキャラ「しあわせウサギのオズワルド」の著作権を他人に奪われるという苦汁をなめている。なるほど、これを教訓にしてディズニーが人一倍著作権に厳しい会社になったわけか。とにかく、こんにちディズニーがあるのは1928年誕生のミッキーマウスを誰の手にも渡さなかったことにあろう。

経営者としてのウォルトを見ていると典型的な叩き上げのワンマン経営者に見える。しかも、本人は従業員の父親のように思っていて会社は家庭的なものと認識している。こういう人は日本にもよくいる。本人には悪気はない。だが、従業員が数人のころなら通用したその考えも数百人と増えて行くとずれが生じる。
1936年、ウォルト35歳の誕生日にロイの要請でスタジオのアニメーターたちがウォルトの誕生パーティーを開いたという。そこで何人かのアニメーターが抗議の意をこめて、ミッキーとミニーの「×××」アニメを上映した。

「明かりがつくと、ウォルトは立ち上がって拍手し、映画をほめ、こんなすばらしい仕事をしたのはどの優秀なアニメーターなのかと尋ねた。本人たちがすぐに手を上げると、ディズニーの顔からたちまち笑みが消えた。そして「君たちはクビだ」と言いわたし、それ以上ひとことも口をきかずにパーティ会場を去ったのだった。」(上巻156ページ)

本家本元による「×××」アニメか。現存してないだろうな。

1941年に起きたデイズニー社内のストライキもそんなずれの延長線上にあるのだろう。著者は経営者側のウォルトに批判的で労働者側を被害者のように扱っているが、どっちもどっちという気がする。そして、どちらも深く傷ついた。

この本を読んでいると、アニメ制作者としてのウォルト・ディズニーの頂点は1930年代まででそれ以降は、ストライキもあり、第二次世界大戦によるディズニー・スタジオの徴発もあったりで一気に状況が変わって行く。どうもアニメへの意欲がなくなって行くようだ。
戦後はアニメよりもテレビ番組制作やディズニーランド建設に意欲を燃やしていて、こちらの活動の方がむしろ現在のディズニーの隆盛を作ったきっかけと言っていい。そのディズニーランドの建設費用も自分ではまかなえず、テレビ局に出費してもらってやっと捻出したそうである。これが失敗していたらえらいことになっていただろうが、こういう、ここぞという時に強いのがウォルト・ディズニーの凄いところである。

この本でもっとも感動的なところ。1937年公開のディズニー最初の長編アニメ「白雪姫」の製作開始時の話。まだウォルトのアニメの情熱が燃えていた頃。

「(スタジオ倒産の噂があったので)今日は「白雪姫」の製作開始を公式に宣言するために集まってもらったのだと発表したとき、全員から大きな安堵のため息がもれた。熱狂的な拍手の渦が巻きおこったあと、ウォルトは全シナリオを、彼らの前で演じて見せた。彼はすべての場面のあらゆる登場人物を演じきった。白雪姫、彼女が「養子」にする七人の小びと、美貌に執着する意地の悪いお后、その継母にだまされて白雪姫が毒リンゴを食べてしまうところから、チャーミングな王子が出現するまで。ここでもディズニーはさまざまなキャラクターを見事に演じ分け、スタッフを驚嘆させた。」(上巻159ページ)

ここは何度読んでも泣ける。人間的にいささか問題もあったウォルトではあるが、こんなにもアニメを愛し、情熱をぶつけ、スタッフを虜にしてしまう、というのはやはり並大抵ではない。ウォルト・ディズニーという人が好きになる。

ダメなところも目立つ本ではあるが、こういう部分の良さが心に残り、結構気持ちいい読後感であった。
闇の王子ディズニー〈下〉
草思社
マーク エリオット

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