「英語コンプレックス 脱出」 英語帝国主義と欧米崇拝の変遷と終焉

評論「英語コンプレックス 脱出」2004年 日本 中島義道著 NTT出版 2004年10月28日初版第1刷発行
2011年11月27日(日)読了

なんとなく中島義道らしからぬ書名の本だな、と思いつつ買って読んでみた。英語コンプレックスから脱却して英語力を高める類いの「実用書」みたいな書名ではあるが、中島義道ともあろうものがそんな本を書くはずもなく、いつもの中島義道らしさが満喫できる本である。そして、書名もまた決して大げさでも誤りでもなく、内容をよくあらわしている。もっとも、脱出というよりも努力の末の自然治癒といった方がより正確か。

第一章 英語コンプレックスとは何か
1993年に書かれたもの。1990年発行の「ウィーン愛憎」でおのれのルサンチマンを曝け出した著者が、ここでも憤懣やるかたないという趣で激しく厳しく持論を展開している。
単なる個人的なコンプレックスにとどまらず、多くの日本人に見受けられる(た)卑屈な西欧崇拝からのコンプレックスまで話を広げ、言語のみならず肉体のコンプレックスと呼ぶべきものが日本人に脈々と根付いていることを指摘する。さまざまな評論や小説を引き合いに出しての指摘は非常に示唆に富み、説得力がある。
一方で特に英米人にみられる「英語帝国主義」に対する批判も強烈で、さらにそれに意識的にか無意識か擁護する立場の日本人インテリも俎上に載せて攻撃しているのも痛快だ。
前に読んだ「たまたま地上にぼくは生まれた」と同じネタで犬養道子を批判しているのはいささかしつこいと思うが。

第二章 英語コンプレックス状況の変化
ここからは第一章から11年後の2004年に書かれたもの。第一章で書かれた日本人の卑屈な西洋崇拝も言語および肉体コンプレックスも希薄化していった、ということを述べている。第一章が1980年代までの日本だとすれば、こちらはその後の姿である。第一章も説得力があったが、急激な変化のあった第二章も結構説得力があり、頷きながら読んでしまう。確かに日本も変わった。余裕が出てきたし、美しくなってきた。言われてみればその通りである。
個人的にも欧米へ訪問する機会の多い著者の実感に加えて、さまざまな人の書いた日本人論の変遷を通して状況がきちんと見えて来る。戦後の主だった日本人論の概要を知る上でも参考になる。

「日本は豊かになった。このことは、あらゆる統計上もあきらかであるが、ここ数十年わが国と欧米とのあいだを往復していれば、おのずと実感されることである。」(138ページ)
「かつて「欧米の街にはゴミ一つ落ちていないのだそうだ」と聞き、そんなことあるものか、と思ったが、実際に見てみるとそのとおりだったので驚いた。だが、いまやまったく逆に、欧米の観光客が日本の街の清潔さに驚いているのである。日本の街はこの三十年間で奇蹟的なほど清潔になった。同じ三十年のあいだに、ヨーロッパの街はずいぶん不潔になった。」(140ページ)
「現代日本の若者たちは、すでに全世界からプラスの評価をもって認知されているからこそ、ますますひとを信頼し自然で屈託のない態度、ひとことで言えば「育ちのいい」態度を示すことができ、その結果ますます愛されるように、尊敬されるようになるのである。」(145ページ)

大絶賛である。毒舌で辛口な奇行の変人とみなされることもある中島義道だが、卑屈な自虐趣味に陥らない人だからこれもストレートな意見なのだろう。

第三章 私の英語コンプレックスの変化
ここで日本人論から離れて中島義道の個人的な英語および他の外国語とのかかわり合いの歴史が語られる。「ちょっと変わった家庭環境」と自ら書いているからここに普遍的なものを見出すのは難しいが、特殊な環境に生まれ、1960年前後に英語の勉強を始めた少年がどのように育っていったかのかなり特異な話は普遍的ではないだけに実に面白い。やっぱり、この人は凄い人である。


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