「脱出 1940夏・パリ」 忘却と記憶

ノンフィクション「脱出 1940夏・パリ」FLEEING HITLER FRANCE 1940 2007年 イギリス ハンナ・ダイアモンド著 佐藤正和訳 朝日新聞出版 2008年5月30日第1刷発行
2011年9月26日(月)読了

非常に面白く読んだ。
私が知らなかった歴史上の出来事を扱っているので興味津々で一気に読んだ。
私が知らないのも無理からぬことで、当事者のフランス人自身があまり触れたくないし、思い出したくないことであるという。

第二次世界大戦の初期、ドイツ軍と戦火を交えたフランス軍は、ドイツ軍の猛攻にあっという間に蹴散らされ、撤退という名の敗走を続ける。破竹の勢いのドイツ軍が首都パリに向けて進軍してきたのを察知した役人や政治家たちは、あっさりとパリ市民を見捨ててパリを脱出して地方に向かう。それを知ったパリ市民にパニックが広がり、空前絶後の大脱出が始まる。それは悲劇の始まりでもあった。

これは所謂、軍事・戦争もののノンフィクションではないので、ドイツ軍とフランス軍の戦闘の詳細には触れられていない。だから、なぜこんなにもフランス軍がへたれな軍隊なのかがよくわからない。その辺が少々もどかしい思いがするが、その辺は別の本を読むべきなのだろう。この本に書かれているのは、あくまでも戦争によってもたらされた未曽有の事態に政府や民間人がいかに右往左往したかである。そこについては実に事細かく書かれていて初めて知ることも多く面白かった。

私が高校生の時に観た映画「禁じられた遊び」(ルネ・クレマン監督)が、まさにこの時代のこの大脱出を扱った映画であることもこの本で初めて知った。冒頭、避難する人々が、敵機の機銃掃射によって殺されるくだりが印象的だったのだが、戦争のどの時点のエピソードなのかに全く思い至らなかった。この本を読むとあのようなことが本当にあったのだということが分かる。
パリから逃げ出す民間人に撤退するフランス軍の兵隊たちが合流してしまい、それをドイツ軍が狙い撃ちしたために民間人にも犠牲者が出たということらしい。ドイツ軍にしてみれば、撤退する軍であってもまだ戦争中の相手なのだから攻撃をするのは当然と言える。それによって民間人がさらにパニックになり、フランス軍はさらに混乱する、というドイツ軍の思惑通りになった。

一応、戦争前からパリ市民の疎開計画はあり、パリのどの地区はどの地方に逃げるか、も決められていたという。(39、40ページに表あり)しかし、受け入れ体制などの具体的な案は検討されていなかった。戦う前から、あまりに熱心に疎開とか言っていると、「敗北主義者」だとか「非国民」だとか言われかねないからあまり深くは論議されなかったようだ。

パリ市民がなぜこんなにも大規模な脱出をしたのか。勿論、軍や政府への不信感もあったろうが、ドイツ軍への恐怖感が何よりも大きかったようだ。
この前読んだ「戦争プロパガンダ10の法則」(アンヌ・モレリ)で取り上げられていた第一次世界大戦中の真偽定かではない噂話「ドイツ兵はベルギー人の子供の腕をみんな切り落とした」が、1940年になってもフランス人の脳裏から消えないで残っていたというのが驚きである。敵への憎悪をかきたてるために効力があった噂話が、20年以上たって今度はパニックを引き起こす引き金になるというのは皮肉な話だ。

避難民にも階級による格差があったというのもいかにも階級社会フランスらしい。避難する手段一つとっても、中流階級は、みんな自動車で逃げたのに対し、自動車をもたない労働者階級は列車で逃げ、農民は荷車を曳いて逃げたという。1940年(昭和15年)の時点で中流階級でみんなが自動車を所有していたというのも軽く驚く。

列車での逃走も決して安全ではない。この本ではなぜか触れられていないが、昔観た「離愁」という映画を思い出した。(ピエール・グラニエ・ドフェール監督)あれも思い返してみれば、この時期を描いた映画だったのだ。いい映画だった。フランス人のレジスタンス活動の一端も描かれていて、意義ある作品だと思うのだが、この本の著者は観ていないのか無視されている。

撤退するフランス軍兵士の悪行について書かれている。撤退しながらも、フランス国内で略奪や破壊を行い、さらには女性を強姦したものまでいたという証言があるらしい。その証言にどれだけの信憑性があるかは知らないが、いかにもありそうなことである。
ちなみにフランス軍が自国内で略奪や破壊を行うのはそれなりに正当性があるという説もある。間もなく侵攻してくるドイツ軍に備蓄していた食糧を渡すくらいなら、自軍で略奪するのがましだし、ドイツ軍に利用されそうな建物や機械、自動車などは破壊するが理にかなっている、という考え方。平和時にみれば、「狂っている」としか言いようがないが、非常時にはどんなことも正当化されうるものだから。では、強姦はどう正当化するのか。双方合意の上とでもするのか、まさに狂っている。

その他にもいろいろと大脱出時の民間人に悲劇がつづられていて心を打つ。
なかでも役に立たない政府、頼りにならない軍隊をもったことが最大の悲劇であろう。こんな役人や政治家や軍人のために死ぬなんて死んでも死にきれない。

やがて、ドイツ軍はパリに到達してパリは陥落する。新しい支配者たるドイツ軍およびその傀儡政権であるヴィシー政府の呼びかけで人々はパリに戻って来る。これですべてが終わったわけではない。占領下のパリの生活が始まったのだ。この本はそこまでしか書いていないので占領下のパリおよびフランスについては他の本を読まねばならない。

ちなみに1944年、連合軍とレジスタンスによってパリがドイツ軍から奪還、解放されるさまは、映画「パリは燃えているか」で詳細に描かれている。この映画はルネ・クレマンの監督作品である。そう、ルネ・クレマン監督は、二本の映画でパリ陥落時とパリ解放を描いていることになる。「パリは燃えているか」は随分昔に一度観たきりだが、ハリウッド資本の入った堂々たる大作でオールスターキャストであった。
こちらの大脱出とパリ陥落はとうてい豪華大作になりえない。内容も意気消沈しそうだし。だから、「禁じられた遊び」のような不思議な形で表現するしかなかったと言える。
いま新たに、「禁じられた遊び」と「パリは燃えているか」と「離愁」を観返してみたくなった。

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