「M」 もう少し待てばやって来るよ 黒い影法師の男の人が

DVD(映画)「M」M1931年 ドイツ 監督・脚本:フリッツ・ラング 脚本:テア・フォン・ハルボウ 出演:ペーター・ローレ オットー・ヴェルケ グスタフ・グリュンゲンス テオ・リンゲン 上映時間110分 モノクロ DVD販売:紀伊國屋書店 DVD仕様:日本語字幕版(翻訳:渋谷哲也) 特典映像 解説リーフレット DVD購入:紀伊國屋書店新宿店
2011年9月4日(日)鑑賞

冒頭、子どもたちが日本の「かごめ かごめ」のような遊びを歌いながらやっている。そこで歌われている歌は

「もう少し待てばやって来るよ 黒い影法師の男の人が 
手に持つ小さなそのオノで その男に切り刻まれるのは
あなたよ」

というおぞましい殺人歌だった。
子どもたちを俯瞰で捉えたこの映像で作品の世界に一気に引きずり込まれた。この歌が昔からの伝承歌なのか、ハルボウとラングによる創作なのか分からないが、実に効果的で鮮やかである。
確か、映画「エルム街の悪夢」も同じようなシーンで始まったように記憶している。(今度、確かめてみよう)
そのことをもってしても、後年の作品への影響大の名作であると言える。しかも、名作につきものの厳めしさも退屈さもなく、公開から80年たった今観ても十分面白く観ることができる。
サイコスリラーの基本形であり、一つの頂点というべき作品だ。

これは都市型犯罪を描いた映画である。
20世紀前半の文明社会で次々に起きる少女の失踪事件。多くの人が行き交う街なのに誰も他人に注意を払わない。そんな中でただひとり、「ハーメルンの笛吹き男」のような男が少女をさらい、殺し続けているのだ。男は、誰の目にも止まらない人畜無害な平凡そうな男。社会で生きながら社会から外れている男。彼は、良心の呵責を感じながらもそれでもどうしても少女を殺すのを止めることができない。彼は、自分は「病気」だという。他の犯罪者には、人生の選択の余地はあるが、自分にはないという。我慢しきれないのだ、少女を殺すことが。
そんな男を演じるのが、ペーター・ローレである。彼としてはまさに一世一代の嵌り役だろう。観る前に予想したよりも出番は多くはないのだが、彼が出て来るだけで目が釘付け、まさに快演にして怪演である。
また、演技以前のことではあるのだが、ペーター・ローレの顔と体形がそもそもこの役にぴったりなのでないか。少女が何の疑いもなくついていってしまう男というのは彼のようなタイプなのではないか。決してハンサムではないが、親しみやすい丸顔でどこか愛嬌があり、少年もしくは幼児のようなあどけなさがある。大男ではなく、背は低く小太りでどこか弱弱しい。こういう男なら信頼してついていってしまうかもしれない、という気がする。
この役にペーター・ローレを得たことでこれは傑作になったと言える。

映画としてもさまざまな工夫が施されていて楽しませてくれる。まずはストーリーが、単純な犯罪捜査ものに終わっていないところがいい。普通だと殺人者の視点と捜査する警察側の視点の二方向から語られるのだが、ここではそれに加えて、街の犯罪者たちの視点からも語られる。少女殺人者の捜査のあおりをくらって自分たちの「仕事」がやりにくくなったプロの犯罪者たちが一致団結して警察より早く、少女殺人者を捕まえようとする、というストーリー展開はへたをすると現実離れしたコメディになりかねないが、都市のリアリティーが根底にあるのでそんなに無理に感じない。
警察が前歴者リストから犯人に近づこうとするのに対して、犯罪者たちは人海戦術で少女を見張り犯人を捕らえようとする。両者のやり方がまるで違うのも面白い。さらに面白いのは、最初に犯人を発見するのが、眼の見えない風船売りだということ。まことに皮肉な面白さだ。
唯一、この映画でだれるのは、そのあとのシークエンス。犯罪者たちにある建物に追い詰められた犯人が逃げ出そうするのと、犯罪者たちが捕まえようとするのが並行して描かれるのだが、やや間延びして感じられる。クライマックスの「人民裁判」が抜群に面白いだけに余計ここが不出来に思える。

映像的にも見るべきところが多い。先にふれたような俯瞰撮影のようなカメラワークの凝り方もその一つだが、音の使い方にとりわけ注目した。それまで無声映画を撮ってきたラングがトーキー(発声映画)を撮れることの嬉しさを溢れさせているようで観ているこちらも楽しくなる。
基本的にこの映画はBGMを用いていないが、それを感じさせない音の工夫がある。一番は、殺人者である男が登場するたびに口笛で吹かれる曲の強い印象だ。グリークの「ペール・ギュント」の一節。これが効果的すぎてちょっとやりすぎみたいな感じさえする。まるで殺人者のテーマソングみたいになっている。これはラングの遊び心を評価すべきか。
またこの映画は時として現実音が消えてしまい、無声映画状態になってしまうというシーンがいくつかある。そのあたりの遊びも面白い。
例えばこんなシーン。街で一人の少女を見つけた殺人者。その途端、今まで聞こえていた自動車の音が消えてしまう。少女の愛らしい姿が映し出される。やがて、殺人者がゆっくりと少女に近づく、そのとき、「ペール・ギュント」の口笛が鳴り響き、音が復活する。あざといともいえるが、このくらいケレン味たっぷりやってくれるのは嬉しくなってしまう。

クライマックスの「人民裁判」は、ペーター・ローレの演技の見せ場であり、この作品のテーマが強く打ち出されるところでもある。このシークエンスはとにかく素晴らしい。
異常な連続殺人を行う者の心理とはどのようなものなのか、それに対して司法はどうすべきなのか、医学はどうすべきなのか。80年後の今もって全く解決できていない問題を観るものにつきつけている。
それにしても、殺人者の描写って80年たっても全然進歩していない。今、放送中のテレビドラマ「それでも、生きてゆく」の幼女殺しの殺人者の告白とこの映画の殺人者の告白が五十歩百歩なのだから。まあ、人間が進歩していないということか。

この映画の公開から二年後、ヒトラーが政権を握る。「もう少し待てばやって来るよ 黒い影法師の男の人が」ってヒトラーのことを予言したのだろうか。その男は、手にしたオノでみんなを切り刻みにやってきた。都市に住む孤独な殺人者の時代は終わり、戦争という大量殺人の時代がやってきたのだ。

一人殺せば 犯罪者
百万人殺せば 英雄
すべて殺せば 神

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