「ゲッべルス メディア時代の政治宣伝」

ノンフィクション「ゲッべルス メディア時代の政治宣伝」1991年 平井正著 中公新書 1991年6月25日初版 1997年6月30日7版
2011年7月7日(木)読了

ゲッべルスの人生を手際よくまとめた265ページのコンパクトな作品。面白く読んだ。
「ヒトラー・ユーゲント」に引き続き平井正の本を読んだわけだが、ちょっと硬くてとっつきにくい文章である。ただ、題材となったゲッべルスその人がまさに興味深い人物なので面白すぎるくらい面白い。
平井正によれば、1987年以降、ゲッべルス日記のすべてが公刊されたということで、この本も明らかにこの日記のおかげを被っている。呆れるほどに日記からの引用が多い。いや、別に非難しているわけではない。大量に引用したくなるほどにゲッべルスの日記は滅茶苦茶に面白いのだ。
不思議なことに今に至るも日本ではこの日記の全訳は出てないようだ。平井正もどうせならこの日記をまるごと翻訳してくれたらいいのに。末尾に解説を載せるとかして。

ともあれ僕も平井正にならってゲッべルスの日記をいくつか引用しておく。

1924年7月4日
「夏の大地が雨を求めているように、ドイツはただ一人の男を求めている。力を結集し、余すところなく熱狂的に献身することだけが、われわれを救ってくれる。主よ、ドイツ民族に奇蹟を示して下さい!奇蹟を!一人の男を!」

結局、ゲッべルスの願いはかなったわけだ。奇蹟は起き、一人の男が、ゲッべルスの前に現れた。アドルフ・ヒトラー。

1925年10月14日
「僕はヒトラーの本を終わりまで読んだ。激しい緊張をもって!この男は誰だろう?半ば無教養な平民、半ば神?本当のキリスト、それとも単なるヨハネ?」

1925年11月6日
「僕は車でヒトラーのところへ行く。かれはちょうど食事中だ。と思ったらさっと立ち上がって、もう僕らの前に立っている。僕の手を握る。まるで昔からの友人のように。そしてこの大きな青い目。星のようだ。(中略)王者たるすべてをこの男は持っている。生まれつきの護民官。未来の独裁者。」

ゲッべルスはヒトラーと出会えて幸福だったろうが、世界にとってはまさに不幸なことであった。かくて作家志望の悩める若者は、一転して政治への道を歩み続ける。

1930年2月23日
「早く床に入り、夜二時までトーマス・マンの「ブッデンブローク家の人々」を読んだ。ともかくすばらしい本だ。」

1930年10月18日
「「理性に訴える」という講演で恥知らずにわれわれを「野蛮人」と侮辱したトーマス・マンの頭に、われわれの部下がつばを吐きかけてやった。」

わずか8か月前に絶賛したトーマス・マンの講演会に突撃隊員を派遣し、妨害活動を行うという変貌ぶり。結局、自分に歯向かうものは絶対に許さないという強固な意志の表れだろう。
売れない画家だったヒトラー同様、ゲッべルスにも芸術家になろうとして果たせなかった挫折感があり、それをバネにして政治に向かわせたように思える。いや、もっといえば、政治が彼なりの芸術活動だったのかもしれない。既成の職業的政治家にはとても真似できない独自性が感じられる。彼の本領たる宣伝活動がまさにそれだ。これだけメディアの威力を自覚して武器として使った人間は彼が最初だろう。そのあたりの描き方がこの本でもっとも感銘を受けたところであり、平井正の最も伝えたかったことでもあろう。



ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック