「少年の日の思い出 ヘッセ青春小説集」 美しい別れ

小説(短編集)「少年の日の思い出 ヘッセ青春小説集」ドイツ ヘルマン・ヘッセ著 岡田朝雄訳 草思社 2010年12月28日第1刷発行
2011年5月3日(火)読了

短編集。全4編収録。
いかにもヘルマン・ヘッセらしいノスタルジックでセンチメンタルな作品が並ぶ。ヘッセのそういうところに反発を覚えたことも昔はあったが、53歳になった今、読み返してみると、これはこれで大したものであると素直に思えるようになった。他にいないよ、こういう小説を書ける人。何しろ、青春の光と影、初恋のときめきと失恋の苦い味、失われた日々への思い、といった恥ずかしくなるようなことを臆面もなく照れもせずストレートに書けるんだもの。
ヘルマン・ヘッセこそ唯一無二の非常に特異な作家である、と再認識した。
以下、4編の簡単な感想文。

「少年の日の思い出」1911年初稿 1931年改稿
「この作品は疑いなくわが国で最も多くの人びとに読まれた海外文学作品」だと訳者あとがきにある。「1947年から現在まで、じつに64年間もわが国の中学国語の教科書に載り続けている」のだそうだ。これは全く知らなかった。
ということは、僕がこの作品を最初に読んだのも教科書だった可能性が高いが、どうも授業でやった記憶がないのだ。忘れちゃったのかな。別のところで読んだような気がしてならないのだがそれも錯覚か。
いつどこで読んだかはともかくとして読んだのは確かだ。そして、強烈なインパクトを受けたことだけはハッキリと覚えている。さらに今までの人生のさまざまな局面で何故かこの小説を思い出すことがしばしばあった。僕にとって一種のトラウマになった小説と言っていいかもしれない。
これは恐ろしい小説なのである。人生には、取り返しのつかない行動というものがあり、その行動によって他人を傷つけた時、どんなに反省し謝罪しても絶対に相手側から許されることはない、という恐ろしい人生の真実を描いている。そこにきれい事は全く存在しない。ヘッセの作品の中で最も厳しいものだろう。
すっかり忘れていたが、ラストの一行も衝撃的である。主人公が母親に慰められて終わり、という風に記憶していたのに全然違う。記憶って当てにならない。

「ラテン語学校生」1905年初稿 1930年・1949年改稿
淡く儚い初恋を描いた作品。昔の作品という感じがする。今だとどうしてもセックスがらみの話にしないとリアリティーに欠けるように思いがちだが、この作品ではキス止まり。その辺の清潔さというか恋に恋しているような品の良さが今となっては本当に貴重に思える。
主人公が恋した女性には婚約者がいてあえなく片思いは潰えるのだが、そのあとの展開が結構意外だった。単なる恋ではなく真実の愛の強さを主人公が知るというラストが感動的。

「大旋風」1913年初稿 1930年・1949年改稿
ヘッセが青年時代に実際に体験したサイクロンによる被害を題材にした作品。災害小説として興味深いのだが、女の子を絡ませて無理矢理、恋愛要素を付け加えたのが、それこそとって付けたようであまり感心しなかった。

「美しきかな青春」1907年初稿 1930年・1949年改稿
普通だと非常に恥ずかしいタイトルなのだが、ヘッセの場合はこれでよし、という気持ちにさせられる。こんなにも「青春」という言葉の似合う作家は他にいないだろう。
休暇で故郷を訪れた主人公が、そこで過ごす間の他愛のない、でもかけがえのない様々な出来事を描く。もちろん、淡く儚い恋も当然ながらあり。セックスなし。駅での別れあり。
ラストが、とても映像的でインパクトがある。故郷をあとにした主人公を乗せた列車が実家のそばを通った時、主人公は美しいものを見る。そこが何ともいいのである。


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