「相棒 Season9 第10話 聖戦」 伽耶子のように

テレビドラマ「相棒 Season9 第10話 聖戦」2011年 脚本:古沢良太 演出:和泉聖治 出演:水谷豊 及川光博 南果歩 白石美帆 石野真子 益戸育江 川原和久 大谷亮介 山中崇史 山西惇 六角精児 天野浩成
2011年1月1日(土)21時~23時10分放映・鑑賞 テレビ朝日系

恒例となった感のある「相棒」の元日スペシャルは、スケールの大きさにこだわり過ぎていささか大味になり出来栄えが芳しくないことがままあった。今年は、思い切りスケールの小さな話にして話を無理に広げないでまとめあげているのが功を奏して実に見応えのある作品になっている。

ミステリとしては典型的な倒叙型ミステリであり、観る者にはファーストシーンから南果歩が犯人であるとはっきり分かるようになっているし、ドラマ開始10分過ぎには杉下右京(水谷豊)と神戸尊(及川光博)も犯人に気づいてしまう。後は犯人と右京達との虚々実々の腹の探り合いが展開され、それを楽しむというのがこのドラマの狙いである。
ミステリとしては極めてオーソドックスで手堅いので安心して観られるのだが、新手が見当たらないのでいささか物足りない。そんな物足りなさを補うのが、演技陣である。特にこのドラマの成否は、ほとんど南果歩にかかっていると言っていい。

正直言って、今まであまり南果歩という女優が好きではなかった。美人というよりファニー・フェイスだし、演技も好感が持てないし、声もなんだか変であり、ハッキリ言うとなんか気持ち悪いのである。ところがこのドラマでは、今あげたマイナスの要素が全てプラスに転じてしまい、圧倒的に素晴らしいのである。
絵にかいたような典型的な復讐者なのに観ていて全く感情移入できないというのは凄い。演技も声質もメイクも気持ち悪さ全開で観ていて実に楽しい。
何となく映画「告白」の松たか子を思い出した。あの映画もこのドラマ同様に子どもを殺された母親が復讐のために爆弾を使うというストーリーだった。このドラマの作り手はあの映画を意識しているだろうか。松たか子より以上に南果歩には絶対に近づきたくない。(あくまで役の話)
南果歩がファミレスの制服を着て働いているシーンがなんだかもの凄くこわい。
脇役で出ていた白石美帆は南果歩より若くて綺麗なので観ていて心和むが、実は彼女の役も結構こわい。石野真子は役不足で気の毒。というか彼女のエピソードは時間を延ばすための水増しのようで今一つ。

ミステリの中でも特にこのような倒叙ミステリではどうしても犯人に焦点を当てて描かなくてはならないので、刑事側はどうしても薄くなる。いみじくもラストで神戸尊が言うように、「傍観者でしかない」のである。
ただ、さすがに「相棒」だけあって、杉下右京と神戸尊の意見の相違をしっかり見せるのを忘れていない。慣れ合いであるとか真実を曲げるとかが絶対にできない杉下右京の頑なな態度が健在どころかパワーアップしているのは見ものである。
死にかけている老人に対しての「善意の嘘」さえ許容しない杉下右京はまさにアッパレ。

(追記)ファーストシーンで南果歩が呪文のように歌う歌が何か分からないが妙に印象に残る。そして、ラストシーンのおいてそれが、ピンクレディーの「UFO」であり、南果歩演じる富田寿子がまだ赤ん坊だった息子をあやすための子守唄として記憶に刻まれていたことが明かされる。ちょっと気になったので調べてみると、「UFO」が発売されたのは1977年12月5日である。そして、寿子の息子広人が生まれたのが翌年(1978年)の6月8日だとドラマの中で明示される。桜が散るのをバックに寿子が広人をあやしているのは、そうすると1979年の春ということになる。今の感覚からすれば、一年以上前のヒット曲を歌うのはちょっと変なのだが、当時のピンクレディーの大ブームを体感した世代であれば大いに納得である。これは実にナイスな選曲だ。ちなみに寿子は1956年10月7日生まれ。
富田寿子というネーミングも絶妙。元日の放映にあわせたのか、「寿」と「富」のおめでたい文字が名前に入っているヒロインを登場させて陰惨極まりない復讐劇を展開させるというひねくれた発想が素晴らしい。
古沢良太脚本では以前の「ついてない女」で月本幸子という名前の女性がいて、名前と裏腹にツキ(月)もなく、幸福(幸)からも見放されていた。こういう言葉遊びが好きなようだ。(2011年1月3日 記)

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