「プリズナーNO.6」 愛こそはすべて

CVD(テレビドラマ)「プリズナーNO.6」THE PRISONER 1967年~1968年 イギリス 製作・配給:ITC 製作総指揮・監督・脚本:パトリック・マッグーハン 監督:ドン・チャフィー他 脚本:ジョージ・マークスタイン他 出演:パトリック・マッグーハン
DVD発売:東北新社 COLLECTOR’S BOX 全17話(6ディスク) 上映時間約50分(1話につき) 字幕スーパー版・日本語吹き替え版 解説書つき(24ページ) 定価29800円
2010年11月11日~12月4日鑑賞

伝説のイギリス製テレビドラマの名作。
日本での初放送はNHKで1968年。当時僕は10歳で小学校5年生だった。リアルタイムで観ていて非常に感銘を受けたのをよく覚えている。その後、長く再見の機会がなかったが、ビデオ時代になりソフトが販売された時に買い求めて何話か観たが、何分高価であり全部は購入できなかった。そして数年前、DVD・BOXを入手してやっと全話が観ることができるようになった。そうすると妙に安心してしまって案外全部は観ないものである。何となく放っておいた。今回、久々にきちんと最初から最後まで全17話全て観直した。中には再見、三見目のものもあれば、最終話のようにおそらく初めて観るような話もあった。そして今まで僕が心の中で思っていたこの作品への印象をかなり変える結果になった。
正直言ってやや失望というところか。面白い話もあるが、結構かったるくてつまらない話が意外に多かった。そして驚くべきトンデモ話もあった。せっかくなので全17話について個別に簡単な感想を書いておこうと思う。
その前に一つだけ。このテレビシリーズについての評で以前から目立つのは、「不条理」であるとか「カフカ的」であるとかいう言葉である。このBOXについている詳細な解説書にもそんな言葉が並ぶし、僕もそう思い込んでいた時期もあった。しかし、今回観直してみて考えが変わった。
主人公№6の置かれる状況がさほど不条理なものと感じられなくなったのである。ある日突然、拉致され見も知らないところにある奇妙な村に連れてこられる、という状況は確かに一般人からすれば不条理そのものだろうが、№6はどう見たって一般人ではない。辞職したとはいえ、かつて情報部(らしきところ)で働き、かなり有能であったと推測される男なのである。情報部員はいわば表に出ない裏の仕事に従事するのが常なので危険も多い。敵に拉致され、取り調べを受け、心理的・肉体的拷問にあうのも想定内であろう。
そう考えればこのドラマは不条理でもなんでもない。所謂スパイ映画の王道を行っているにすぎない。正体不明の敵に八方ふさがりの状況に追い込まれて疑心暗鬼に陥るが、その状況を卓越した頭脳と屈強な肉体の力によって打破する主人公なんて最近の「ジェイソン・ボーンシリーズ」や「ソルト」まで続くまさに典型的なヒーロー像ではないか。ただ違うのは、ところどころに奇妙なひねりを加えていてそれがこのドラマを異色のものと感じさせている。そこがユニークなのだが、ごく普通の人間がある日突然、虫になったりさしたる理由もなく裁判にかけられるカフカの小説とは似て非なるものであろう。もういい加減、「不条理」とか「カフカ的」とかという言葉から解放された方がいい。そうすれば違う面白みも出て来るのではないか。
では一つ一つ観てみよう。

1「地図にない村」(監督:ドン・チャフィ 脚本:ジョージ・マークスタイン デビッド・トンブリン)
メインクレジットのオープニング映像が実にカッコいい。今でも見るに堪えるどころか、今でも最高のオープニングだろう。主人公が辞表を出してから拉致され村で目覚めるまでの顛末が簡潔に明瞭に分かるし、映像的にも凝っていてすぐれている。このオープニングは少数の例外を除いてほとんどの回が同じである。
記念すべき第1話は、主人公の男(パトリック・マッグーハン)が村で目覚め、初めて№2と対面し、№6と呼ばれるようになる。あのローヴァーも早くも登場するし、トリッキーなひねりもなかなかなもの。そして何よりも敵である№2が話の途中で何の理由もなく別に人間に交代する「奇妙な味」が印象的。

2「ビッグベンの鐘」(監督:ドン・チャフィ 脚本:ビンセント・ディルスレー)出演:レオ・マッカーン=№2
これはオチがすべての話。初めて観た時は物凄い衝撃があった。小学5年生だから無理からぬことである。今となってはもはやその衝撃はないのは当然だが、今見てもこれはよく出来た話で好きだ。
№6と対峙する謎の敵とは実はイギリス情報部ではないかと思わせるようなところも面白い。

3「A.B.&C.」(監督:パット・ジャクソン 脚本:アンソニー・スケーン)出演:コリン・ゴードン=№2
№2が№6の夢を操作して情報を引き出そうとするSF的な話。他人の夢に入り込んでコントロールするなんてことができるのなら、超強力な自白剤なんて簡単にできるのではないか。何でこんな廻りくどいことをするのか。ドラマだから面白くするため、と言ってしまったら身も蓋もないか。アイデアはいいし、オチも上手い。
ちなみにあとの話で自白剤を使ったが、№6には効かなかったというのが会話で出てきた。まあそうしないとこのドラマそのものが終わってしまうからだろう。

4「我らに自由を」(監督・脚本:パトリック・マッグーハン)出演:レイチェル・ハンバード=№2
№2に村の選挙に立候補してみないかと持ちかけられた№6は了承する。選挙に勝てば新№2になり、謎の存在である№1に会うことができると知ったからだ。
№2が選挙で選ばれているとは知らなかった。この話以外では全く出てこない、後にも先にも。その辺がこのシリーズらしいところ。選挙をシニカルに描くという狙いは悪くないが、ラストで正体を現わす女性の№2の印象があまりに強烈なのですべて吹き飛んでしまう。それにしても女性が直接№6の顔面をぶんなぐるというのはいかがなものか。この話をわざわざ監督・脚本・出演して手掛けたマッグーハンはマゾヒストなのか。

5「暗号」(監督:テレンス・フィーリィ 脚本:パット・ジャクソン)出演:アントン・ジョーンズ=№2
偽物の№6が現われ、№6を眩惑し心理的に追い詰めていくという話で非常に凝った№2の心理作戦が面白い話。傑作。ただし、№6がトリックの真相に気づくくだりは映画「36時間」(1964年)に似ているのが気になる。そもそも「36時間」そのものがこのドラマの元ネタかもしれない。何しろひとりの男から情報を探りだすために架空の米軍基地を設置してそこに男をとどめておく、というストーリーなのだから多分に影響を受けていると思う。ただ、「36時間」には話の構成上のミスがあり僕はあまり高く評価していない。ちなみに原作はロアルド・ダールの短編小説。もっとも思い切り膨らませて映画にしているので別物と考えた方がいいかも。

6「将軍」(監督:ピーター・グラハム・スコット 脚本:ジョシュア・アダム)出演:コリン・ゴードン=№2
この時代の人たちがコンピューターをどう認識していたかがよく分かる話。今観ると誠にチャチなコンピューター(というより巨大頭脳というべきか)の造形だが、そのチャチさがむしろいい味出していて逆になんかいい感じ。
№6が、巨大頭脳にこの世界のだれも解けない質問をしたら、巨大頭脳が答えに窮し自壊してしまったという展開が楽しい。SFというより寓話という趣きあり。第3話に続き再登場のコリン・ゴードンの窮地に追い詰められて狼狽する演技もいい。

7「皮肉な帰還」(監督:ジョセフ・サーフ 脚本:アンソニー・スケーン)出演:ジョージナ・クックソン=№2
№6がある朝目覚めると、自分以外の人間は№2も含めてすべて村からいなくなっていた、という発端は実に面白いのだが、中盤の展開がだれるし、ラストが今一つ盛り上がらない。この話を観るとやはり敵とはイギリス情報部かと疑いたくなる。

8「死の筋書き」(監督:ドン・チャフィ 脚本:アンソニー・スケーン)出演:メアリー・モリス=№2
この話は何が面白いのかよく分からなかった。カーニバル、芝居、コスプレした人々が何を意味するのか皆目理解できなかった。№6のみならず観ている僕も煙に巻かれたような気分。

9「チェックメイト」(監督:ドン・チャフィ 脚本:ジェラルド・ケルスルー)出演:ピーター・ウィンガード=№2
冒頭の人間チェスの描写が面白い。これが本筋にあんまり関係ないのが残念。本筋は、№6が村の住人の中から協力者を探し出して一緒に力を合わせて村からの脱出を図るという展開になる。一匹狼の№6が仲間作りとはどういう心境の変化だろう。結局、脱出計画は№6の唯我独尊の考え方に疑念を抱いた仲間によって頓挫する。№2の策略ではなく№6の性格ゆえというのが実に皮肉である。

10「№2旗色悪し」(監督:パット・ジャクソン 脚本:ロジャー・ウッディース)出演:パトリック・カーギル=№2
№2の執拗な尋問によって飛び降り自殺した女性の復讐のために№6が立ち上がるという話。これもそれまで描かれてきた№6らしからぬ行動だが、話としてはよく出来ていて面白い。傑作。
いつもはさまざまな心理作戦で№6を追い詰める立場の№2が、逆に№6のさまざまなおもわせぶりな行動に眩惑され自滅していくという逆転の発想が上手い。
№6がこだわったいた「アルルの女」のレコードの使い方もいいし、ドラマのBGMに「アルルの女」のメロディをアレンジして流す遊びも面白い。そもそも「アルルの女」というオペラは、最後に主人公が飛び降り自殺するのだそうだが、この話は飛び降り自殺から始まっている。その辺を踏まえて作っているあたりのセンスがいい。

11「暗殺計画」(監督:ロバート・アシャー 脚本:マイケル・クラモイ)
№2の暗殺計画というアイデアはいいのだが、その真相が新しい№2が現№2を邪魔者と考えて殺そうとする内部抗争であるとはがっくりである。№6には何の関係もないではないか。主人公をおいてけぼりというのは困る。目先を変えようとしたようだが、№2同士の確執なんて面白くもなんともない。

12「反動分子」(監督:ジョセフ・サーフ 脚本:ロジャー・バークス)出演:ジョン・シャープ=№2
これもよく分からない話だった。

13「思想転移」(監督:パット・ジャクソン 脚本:ビンセント・ティルスレー)
このシリーズ最大の問題作にして珍作。転移装置により大佐と呼ばれる男と心を入れ変えられた№6。元に戻りたければ、その装置の発明者を捜さねばならない。かくして大佐の肉体と№6の心を持った男は行動に出ることになる。文章に書くともっともらしいが、画面上はパトリック・マッグーハンとは似ても似つかぬ顔のおよそ魅力のない中年の役者がうろうろするばかり。解説書によれば、マッグーハンのスケジュールが他の映画とかぶったため、そっちを優先した結果、こちらは出られなくなり、こんな噴飯ものの話が作られたというわけだ。いい加減極まりない。オチは一応のレベルにあるのでもう少し中身を何とかすればマシになったのではないか。無理か。
ちなみにこの話だけアヴァンタイトルになっている。

14「悪夢のような」(監督・脚本:デビッド・トンブリン)出演:デビッド・バウアー=№2 アレクシス・カナー
こちらはもはやいつものオープニングもなく、THE PRISONERというドラマタイトルすら表示されない。いきなり西部劇スタイルで始まって度肝を抜く。マッグハーンは何の説明もないが№6ではなく、一匹狼の流れ者であり、ハーモニーという名の町にやって来るところから話が始まる。その町はロイ・ビーンのような判事が支配して好き勝手やっているし、頭のいかれた凶悪なワルの男も訳ありの酒場女もいる町である。
アメリカ西部劇というよりもこの時代ブームになっていたイタリア製西部劇、所謂マカロニ・ウエスタンの多大なる影響を受けたと思しき話だ。クリント・イーストウッドかフランコ・ネロ気取りのマッグーハンが神妙に演じていて結構さまになっている。ストーリーも割と定番のものであり、パロディというよりもお手本をきちんとなぞりました、という感じ。
いかれ男を演じたアレクシス・カナーのテンションの高い演技が面白い。ラストのオチも鮮やか。傑作。

15「おとぎ話」(監督:デビッド・トンブリン 脚本:テレンス・フィーリー)出演:ケネス・グリフィス=№2
この話はもろにスパイ映画・テレビドラマのパロディである。マカロニ・ウエスタン同様に1960年代に一世を風靡したスパイものを面白おかしく茶化していて実に楽しい。マッグーハンは超優秀なスパイであり、その任務の指令はレコードから流れて来る。敵はロンドンをミサイル攻撃しようとするマッドサイエンティストとその殺人狂の娘であり、荒唐無稽で御都合主義のストーリーと緩いアクション、それに加えて新兵器いや珍兵器も登場する。
マッグーハンが水を得た魚のように好演し、抜群に面白い。傑作。

16「最後の対決」(監督・脚本:パトリック・マッグーハン)出演:レオ・マッカーン=№2
第2話の№2役のレオ・マッカーンが再登場し、№6との直接対決に挑む。知力体力を尽くした二人の戦いが繰り広げられる、というストーリー展開なのだが、正直言ってつまらない。脚本にあまりに知恵がなく、レオ・マッカーンにお任せといった感じである。このレオ・マッカーンという役者がまたアク強く、オーバーアクションのうえ、肥満体なので観ていて暑苦しいこと限りなし。監督・脚本・主演を兼ねたマッグーハンはこういう役者が好きなのだろうが、僕には付き合いきれなかった。

17「終結」(監督・脚本:パトリック・マッグーハン)出演:レオ・マッカーン=№2 アレクシス・カナー
話としては前話の続き。遂に№2を倒した№6が、「№1に会わせてやる」といわれて辿りついた部屋では不思議な裁判が始まろうとしていた。
ビートルズの「愛こそがすべて」が鳴り響き、死んだはずの№2は生き返り、「不思議の国のアリス」の裁判を彷彿とさせるクレイジーな裁判は当然ながら混乱する。全てはカオスの果ての結末に向かっていく。
最終話。多分初めて観た。非常につまらない。パトリック・マッグーハンがやりたい放題やって全く収拾のつかない話になっている。やっている方は満足だろうが、観ている僕は唖然という気分である。考え抜かれたストーリー展開など何もなく、またしてもレオ・マッカーンのオーバーアクションにつきあわされる羽目になる。加えて第14話で好演したアレクシス・カナーも再登場でこれまたオーバーアクションのいかれ役を見せて、前の好演を台無しにしてしまう。
結局、何が言いたいのか、何がやりたいのか、さっぱりわからないまま最終話は終わってしまう。このドラマシリーズ自体が不条理なのではなく、マッグーハンという人が不条理なのである。こんな風に全17話を締めてしまうなんて本当にとんでもない人で困った人だ。やっぱり伝説になるだけのことはある。観てよかったと思う。





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