「世界100物語4」 半人半猿の日本人

小説(アンソロジー)「世界100物語4 ロシアの光と影」TELLERS OF TALES 1939年 サマセット・モーム編 河出書房新社 1997年1月20日初版発行
2010年8月12日(木)購入 BOOK・OFFパサージオ西新井店 価格105円
2010年11月8日(月)読了

4巻目。16編収録。
この巻では、ロシアの作家のみ収められている。1~3巻の英米仏の作家の作品とは色々と毛色が違っているのが興味深い。
一つだけ例をあげると、貧困の描き方だ。もちろん英米仏のものにも貧困をテーマにしたものは見受けられる。だが、ロシアのほうがより一層貧困の状況がひどくて悲惨であるような印象を受けた。そこにはユーモアの入る余地はなく、実にシリアスなのだが、読んでいてとてもしんどい。この16編だけで判断するわけではないが、正直付き合えないものもいくつかある。全体的に洗練されていなくて野暮なのである。
個々の作品について書いておこう。

「イワン・イリイチの死」レオ・トルストイ
「イワン・イリイチの過去の生活史はきわめて単純、平凡で、しかももっともおそろしいものであった。イワン・イリイチは四十五歳で、裁判官の判事として死んだ。」(19ページ)
面白い、このアンソロジーでも群を抜いた傑作である。と、いまさら文豪トリストイの作品を褒めあげるのも気恥ずかしいのだが、いいものはいいのである。初めて読んだのだが、むしろこれは今読んで良かったと思える作品だ。
イワン・イリイチの葬儀から始まって彼の人生を遡って描いているのだが、辛辣さを含んだ冷静な筆致が魅力的である。イワン・イリイチの人生に病が忍び寄り、次第に死に近づいていく過程の描き方の執拗さが実におそろしい。
クライマックスの臨終の場面の臨場感たるや、トルストイはこの作品の前に死んだことがあるんじゃないか、と思わせるような迫力である。死という普遍的なテーマのとらえ方がとにかく凄い。感動した。
でも、これを若いころに読んだらそれほど感動できなかったのではないか。僕も2年前に大病して、死に近づいた経験をしたからこの話が非常に身につまされるのである。頭ではなく肉体で実感できる。
おそろしい作品だ。

「かもじの美術家 -墓のうえの物語ー」ニコライ・レスコーフ
かもじの美術家とは、カツラ師でありメークアップ師であり、女優たちの顔を作ったり髪を結ったりするのが役目だった。そんな美術家のひとりアルカージイが女優の一人と恋仲になるが、それは許されないことであり、二人は駆け落ちを試みる。
伯爵が自分の劇場を持ち、自分の農奴連中からなる女優をかかえているというのは凄い。革命前のロシアでいかに貴族が絶対的権力を持っていたかがよく分かる。主人公の男の数奇な人生と残酷な結末が辛みが効いていてなかなかいい。

「百姓」アントン・チェーホフ
貧困話。病気になり職を失った男が妻と一人娘を連れ故郷に戻るがそこにも居場所がなく、惨めな思いのまま死ぬという話。冬の寒さと貧乏の辛さが身にしみる作品。
主人公は、治療と称して吸角(すいふくべ)を24個つけられて逆に容態が急変して死んでしまうのだが、これって当時(1897年)は普通の医療行為だったのだろうか。悪い毒を体外に出すという非科学的な民間療法なのか。

「二十六人の男と一人の女」マクシム・ゴーリキイ
以前、筒井康隆が紹介していたので覚えていた作品。実際に読むのは今回が初めてだが、筒井康隆の文章で読んだ時ほどは面白いとは思わなかった。タイトル通り、二十六人の男と一人の女の話。発想は確かにユニークなのだが、結局これで何が言いたいのか、がどうにも理解できなくて表面的な面白さで終わっている。

「日射病」ブーニン
見知らぬ異国で見知らぬ男女が出会い、一夜限りの燃えるような恋とセックスを体験し、互いの名前も知らず別れる、という極めてよくあるシチュエーションの話。男の方が未練たらたらというのもよくある。こういうのを書きたい作家が世界各地にいて読みたい読者が世界各地にいるというのが面白い。

「ルィブニコフ二等大尉」クプリーン
珍作、怪作。まったくもって変なことを考える作家がいるもんである。日本人では絶対書けないタイプの作品である。
それにしてもクプーリンという人、どんな意図でこれを書いたのだろうか。真面目なのか、笑わせるつもりで書いているのか。多分、大真面目に書いたのではないかと何となく推測する。

日露戦争においてロシアが敗色濃厚となったころ、ペテルブルグのジャーナリスト・シチャビンスキーは、仲間が集うレストランでルィブニコフ二等大尉と名乗る男に出会う。その男と話しているうちにシチャビンスキーはある恐るべき事実に気づく、ルィブニコフ二等大尉なる男は日本人に似ている、日本のスパイなのではないか。

日本人が整形せずに普通にロシア人になり済まし、しかも軍人と称して役所や軍隊へ行き、ジャーナリストのたまり場で酒を飲む、なんてことができるのか。確かにロシアは多民族国家だろうが、日本人の風貌ではどうみてもロシア人では通用しないだろう。しかもスパイだなんて・・・。
もっともスパイと言ってもこれは別にスパイ小説ではないのでそれらしい諜報活動とかが描かれるわけではない。
面白いのは登場人物の日本に対する見方である。シチャビンスキーは、ロシア軍の規律の乱れを指摘して、日本軍の勇敢さを褒め称える。そのあとで挑発的に日本を見下してみせる。
「それでも結局、日本人はアジア人で、半人半猿です。格好まで猿に近いですよ。」(236ページ)
このくだりは全文引用したいくらい面白い。「家畜人ヤプー」を思い出す。
結局シチャビンスキーはルィブニコフ二等大尉を追求する決め手に欠けたのだが、そのあと、ある娼婦が通報しルィブニコフ二等大尉が逮捕されるところで小説は終わる。彼が、本当に日本人でスパイなのかは最後まで分からない。娼婦が彼を疑ったのは、彼が寝言で「万歳!」という日本語を言ったことと、彼の顔が娼婦の自宅にある天皇(ミカド)の肖像画に瓜二つだったからだ。
ロシア人娼婦の家に天皇の肖像画があるっていうのも如何なものかと思う。クプーリンという作家は日本人に会ったことあるのだろうか、想像で書いているんじゃないのか。

「蜜蜂」イレーツキイ
革命が起き、社会体制が変わったからと言ってみんなが幸せになるわけじゃない。支配する立場のものが変わっただけで相も変わらず虐げられるものは悲惨な目に合う。この作品では、ある一人の養蜂家を主人公にしてその過酷な運命を描いて、辛辣であり感動的である。傑作。

「うわずみざくらの花なしに」ロマーノフ
「ベルヂーチェフの町にて」グロッスマン
「飢え -遠い道ー」ネヴェーロフ
「ロマンス」インベル
「手についた土」ピリニャーク
「手紙」バーベリ
「乳飲み児」イワーノフ
「顧客」ペスコフ
「ナイフ」カターエフ

以上の9編はいずれも短い作品で内容的にさほどの感銘も受けず、印象も薄く取り立てて書くことも思い浮かばないので作品名を挙げるだけにしておく。

(追記)2010年1月に群像社からクプリーンの短編集「ルイブニコフ二等大尉」が発行されている。買って読んでみようか。


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