「ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女(上下巻)」 女を憎む男たち

小説「ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女(上下巻)」2005年 スウェーデン スティーグ・ラーソン著 ヘレンハルメ美穂・岩澤雅利訳 早川書房 2008年12月15日初版発行
2010年8月7日(土)購入 BOOK・OFFパサージオ西新井店 価格(上下巻)各850円
2010年8月23日(月)読了

スウェーデンのミステリを読むのは30年振り位だ。当時、話題になっていたマイ・シューヴェルとペール・ヴァールの「マルティン・べック」シリーズの一冊「蒸発した男」を読んだのだが、なんだか地味でつまらないという印象しか残らず、それ以外の作品を読むこともなく今まで来てしまった。
で、今回読んだのは、去年あたりから話題になっている「ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女」である。
まず結論から言えば、かなり面白かった、ということになる。ただ、残念なことに大傑作とまでは呼べない。とくに後半部の「乱れ」がマイナスに感じられて、少々ガッカリと言うのが正直なところだ。
まあ、不満部分は後に回すとして良かったところから挙げてみよう。

まず、作品の舞台がスウェーデンであること。アメリカや日本を舞台にしたミステリでは味わえない異国趣味が何となくいい感じなのである。風光明媚な場所で起きた(起きている)おぞましい犯罪というミスマッチさが魅力的である。映画にしたら実に見栄えがするだろうなあ、と思う。(実際、既に映画化されている)
さらにスウェーデン現代史の暗部についても教えてくれる。1920年代~1930年代にスウェーデンに親ナチ組織があったなんて全く知らなかった。知らないといえば、スウェーデンに徴兵制度があったことも知らなかった。しかも、ウィキペディアを見てみたら徴兵制が正式に廃止されたのが2010年7月とある。先月じゃないか。
また、現在のスウェーデンの闇の部分についても教えてくれる。何しろミステリなので当然ながら闇にうごめく犯罪者が登場するのだが、高福祉社会の裏側で弱者を痛めつける卑劣漢などは吐き気がするほど良く描けている。
最近、日本ではスウェーデンを理想国家と過大評価する向きも見受けられるが、これを読むと他の国と変わらぬ普通の国なんだと理解できる。非合法な手段で巨万の富を得た極悪実業家もいるし、自らの欲望のために人を殺すシリアルキラーもいる。ごく当たり前の国。

次にいいのが、主人公とヒロインのキャラである。男は気鋭のジャーナリスト、ミカエル・ブルムクヴィスト。正義感あふれて頭がよく行動力もあるというよくある主人公のパターンだが、プライベートの女性関係がちょっとユニークなのが目を惹く。ただ、作者の書き方が上手いのであまり嫌悪感は抱かず、むしろ好感を持てるようになっている。主人公が好感の持てない人間の場合、ミステリは非常に読み辛くなる。(もちろん例外はあるが)その点、この主人公は誠実そうで事件を任せても大丈夫、と思えてしまう。そういうところの計算も作者はよくやっている。
もっとも、正義感が強く誠実なミカエルだけでは面白みに欠けると思ったのか、ヒロインのリスベット・サランデルをとんでもないキャラにしている。まあ、この小説の成功の大半は彼女のキャラによるものだろう。
24歳なのに14歳ぐらいにしか見えず、拒食症のように痩せ、鼻と眉にピアスをつけ、首と二の腕と足首と肩甲骨にタトゥーを入れている女。中学校を中退し、それ以降は一切の教育を受けていないにもかかわらず、コンピューターに関しては抜群の才能を発揮する女。孤独で反社会的で他人とのコミュニケーションを好まぬ女。
作者は、ミカエルと違ってリスベットには好感を持ているようにはしていない。多少、同情や共感を覚える時もあるが、リスベットの言動がそれを覆す。最後まで読んでもリスベットはよく分からない女である。読む側は反発を覚えながらも彼女に魅了されていく。この辺も作者の計算が行き届いている。ただ、クライマックスの「スパイ大作戦」風のところとラブコメ風のところはちょっとやりすぎで勘弁してくれと言う気になった。

ストーリーについて。色々と道具立てが派手な割に根本的なストーリーは案外地味である。1966年、突如として姿を消した16歳の少女の失踪の謎を三十数年後に解明する、というのはミステリとしては弱いと思えそうなのだが、結構ワクワクしながら読めてしまう。数多い登場人物のさばき方も上手いし、何よりもミカエルとリスベットのエピソードを交互に語って行く展開が歯切れよく実に面白い。ミステリの趣向としては、誰もが観過ごすような写真から次第に真相にたどり着く地道な展開がよく出来ている。
そして、少女失踪の謎よりももっととんでもない事件を掘り起こしてしまうという急展開が意表をついて面白い。初めのところに出たスウェーデンのナチズムとのかかわりがここで繋がるというもショッキングだ。ただ、ナチズムの信奉者の息子と孫が●●●になるというのはどんなものかな。まあ、それほどまでにヨーロッパにナチズムが落とした影が大きいということなのかもしれない。日本人である僕には今一つ、ピンとこないが。
ちなみにこの本を読んだら、スティーヴン・キングの傑作「ゴールデンボーイ」を思い出した。アメリカに隠れ住んでいるナチスの元将校をアメリカ人の少年が発見し、二人に心の交流が生まれ、二人は●●●になるという感動作だった。スティーグ・ラーソンはスティーヴン・キングを読んでるかな。

最後に不満点。少女失踪の真相が割合に肩透かしだった。動機はいいとしても失踪自体があんな単純にできるなんてミステリとしてはまことに物足りない。毎年、花を送ってくる人物についても納得出来ない。三十数年間になんとか連絡取ることも出来たのではないか。
あと、ミカエルが結局自らの信念に背くような行為に出たのもちょっと失望だ。どう言いつくろっても丸め込まれたとしか思えないもの。ジャーナリストとしての自殺行為。
最大の不満。メインの事件が解決した後に長々とサブの事件のことが描かれていること。メインの事件は面白かったのにサブの事件はまるでつまらない。「まだ、だらだら続くのか」とうんざりした。しかもここで先に書いたように「スパイ大作戦」をへたくそにもじったような部分があり、ひたすら興醒めだ。リスベットをカッコ良く見せたかったのだろうがまるで逆効果。
というわけで、後半特にクライマックスに不満が尽きない。そこがなければ凄い傑作になっただけに残念だ。

(追記1)「マルティン・べック」シリーズあらためて読んでみようかな。全10巻あるはず。そもそも昔一冊だけ読んでみたのは、その頃エド・マクベインの「87分署」シリーズに嵌っていて、どこかで「スウェーデン版の87分署」だと小耳にはさんだので興味を持ったからだ。(2010年8月29日 記)

(追記2)映画化の際、リスベット・サランデルのキャスティングは大変だったろうな。何しろ「24歳だが、14歳くらいにしか見えない」(58ページ)女優を探さなくてはいけないのだから。そんなのいるか。もうDVDが出ているようなので観てみるか。(2010年8月29日)

(追記3)ちなみにこの本の原題は、「女を憎む男たち」という意味らしい。なかなかいいタイトルだと思う。ただちょっとネタばれ感があるので邦題にしなかったのかもしれない。(2010年8月29日 記)

(追記4)出張などで忙しく各地を飛び回る男が、その土地土地で殺人を繰り返すシリアルキラーだったというのは単純だがいいアイデアである。テレビドラマ「相棒」シーズン4の第4話「密やかな連続殺人」(2005年11月2日初放送)が同じアイデアで実に秀逸だった。また、レイ・ブラッドベリの短編に見知らぬ土地に行き見知らぬ人を殺そうと企てる男の話がある。これも傑作。ただ、現実的に考えると土地勘のない場所で殺人を犯してもそんなに上手くいくとは到底思えないのだが。(2010年8月29日 記)

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック