「現代名作集(二) 日本文学全集64」 ひよつとしたら、俺は敷島はつせを恋して居るのかも知れない!

小説(アンソロジー)「現代名作集(二) 日本文学全集64」1977年 筑摩書房 1977年3月20日発行
2010年6月12日(土)購入 BOOK・OFFパサージオ西新井店 価格105円
2010年6月26日(土)読了

主に大正時代に発表された小説と戯曲あわせて24編を収録したアンソロジー。ちなみに誰がこの24編をセレクトしたのかどこにも書いていない。巻末に解説を載せている吉田精一だろうか。よくわからない。なかなかいいセレクトだと思うだけに分からないのは残念である。
読む前に予想したよりもヴァラエティーに富んでいてそれぞれに面白さがあり飽きさせない。凡作はいくつかあるが、駄作とか愚作のレベルのものはなく楽しく読んだ。・・・なんて偉そうなことを言っているが、この本に収められた24人の作家のほとんどを読んだことがなかった。いやそれどころか、名前さえ初めて知った作家も数多くいた。いかに僕が日本文学に対して無知だったか痛感した。加能作次郎も宮嶋資夫も前田河廣一郎も十一谷義三郎もまるで知らなかった。この機会に彼らの作品に触れることができたのは本当に良かった。もっと読んでみたいと思った作家も何人かいたので忘れずにいよう。
24編についてひとつずつ感想を書いておく。収録順に取り上げる。年号は作品の発表年。

「恭三の父」加能作次郎 明治43年(1910年)7月
このアンソロジーで唯一の明治時代の作品。今からちょうど100年前に書かれたもの。
文盲の父が学問を学ぶ息子に葉書を読んでくれと頼むという話。なんということもない話なのだが、父子の微妙なすれ違いが心に残る。加能作次郎は父ものを他にも書いているようなので読んでみたいと思った。

「俳諧亭句楽の死」吉井勇 大正3年(1914年)4月
戯曲。タイトル通り句楽と言う落語家の死を題材にしている。笑いを商売にする落語家の話なのに実に暗い話である。句楽本人は登場させずに周囲の人々の反応にスポットを当てている。句楽ものと呼ばれる一連の作品のひとつだそうなのでこれだけ読んでもピンとこない。

「恩人」豊島與志雄 大正3年(1914年)5月
初出誌では編集者が勝手に「彼と彼の叔父」と改題したそうだ。読めばわかるがやはり「恩人」とした方がいい。「恩人」には皮肉なニュアンスがある。三角関係の心理の綾を上手く表現している。別に何も起こらないが余韻が残る。

「雲雀」藤島成吉 大正4年(1915年)1月
雲雀(ひばり)の使い方が上手い。雲雀の名前が実は・・・という種明かしがいい。

「鳩飼ふ娘」有島生馬 大正4年(1915年)8月
「三度目に妻が遁げ出した時、もう無駄だと思った。」という書き出しの文章がいい。
イタリアの羅馬(ローマ)の公使館に勤める主人公の目から見た当時の羅馬の情景が興味深い。「フェリーニのローマ」より古い。牧場に牛乳を飲みに行くくだりがいい。別れたイタリア人の妻と鳩を飼う少女ナナを二重写しにする趣向が面白い。

「抗夫」宮嶋資夫 大正5年(1916年)1月
傑作。この本のベストワン。所謂プロレタリア文学の範疇に入る作品なのだろうが、資本家=悪、労働者=善という図式に収まらないユニークさがある。
主人公の抗夫・石井金次は、常に心に不満を抱いていた。労働者を搾取する資本家への不満もあるのだが、それにも増して仲間の抗夫たちへの不満が大きかった。口では愚痴をこぼす癖にいざとなると仲間を裏切る卑怯者たち、と石井は憤りを感じていた。その気持ちを晴らすため、仲間が交代で仕事に出た際に仲間の留守宅に赴き、そいつの女房を犯すことを繰り返していた。また、日頃から気に食わない奴がいれば、家に押しかけ刃物で刺す、ということもやる。とにかく最低最悪の主人公なので逆に読んでいて気持ちがいい位だ。セックスと暴力でしか自己表現できない男がもうこの時代にいたというのは驚きである。そしてこの男の悲しみも伝わってくる。ラストをまるで救いのない凄惨な場面にしたのも上手い。中盤で抗夫の一人が死ぬくだりのリアルな描写もなかなかなもの。
宮嶋資夫の作品をもっと読みたくなった。

「競漕」久米正雄 大正5年(1916年)6月
大学の各学科の短艇(ボート)部による競漕会を題材にした作品。スポーツに情熱を燃やす若者たちを爽やかに描いて好感の持てる小品。泥臭くなくスマートで根性とかの精神論もまるで出てこない。ただ好きだから練習して競漕に臨むだけという姿勢がいい。それにしても、先の「抗夫」では過酷な労働現場で命懸けで働く若者が描かれていたのとはなんとも対称的である。大正時代も格差社会だったわけだ。(当然だが)
ちなみに面白く思ったのは作中に外来語が数多く使われていたこと。例えば、ストップ・ウォッチがごく普通に出て来るのには驚く。大正5年にもうストップ・ウォッチが使用されていたのか。そして、何の注釈もつかずに「ストップ・ウォッチ」と書かれていて当時の読者はみんな分かったのだろうか。
品名だけではない。「メンバア」「「ランニング」「「デモンストレーション」「スプラッシュ」「コンディション」「ウインニング」「ピッチ」「スパイ」といった単語が出て来るが、これらが当時どれだけ一般的に使われていたのだろうか。いずれも何の説明もなしに作中に出て来るが、読者はみんな理解できたのか。その辺がすごく興味深い。

「ベルファストの一日」水上瀧太郎 大正7年(1918年)3月
英吉利(イギリス)の倫敦(ロンドン)に住む日本人・東条(26歳・学生)は、夏休みを利用して英吉利から蘇格蘭土(スコットランド)を廻って愛蘭土(アイルランド)のベルファストに見物のためにやってきた。
ささやかな旅行記だが、時代色が出ていてちょっと面白い。

「初年兵江木の死」細田民樹 大正9年(1920年)2月
傑作。タイトル通りの作品。過酷な演習のなかで初年兵江木は体調を崩し、呆気なく死んでしまう。上官たちに悪意があったわけではない。ただ、一兵卒の健康状態を思いやる想像力に欠け、マニュアル通りに演習を遂行することのみに固執していただけである。軍隊批判にとどまらず、組織というものがいかに個人を潰していくものか、示唆している。
さらに江木本人の健康管理のまずさもある。演習前日に面会に来た妻が差し入れた大福を30個(!)食べていたのだ。これがなければ死なずに済んだかもしれない。映画なんかだと妻の面会と差し入れのシーンは心和むシーンなのだがそれが死につながるとは・・・。作者の冷静で辛辣な視線を感じる。

「ピルロニストのやうに」武林無想庵 大正9年(1920年)3月
面白い。自虐的なダメ男がいかに自分がダメかを大声で吹聴している作品。誠に鼻もちならない嫌な奴だが、全く卑屈にならず実に堂々として実に偉そうである。引用したいような名フレーズ、珍フレーズが目白押しである。
例えば、

「私のやうな人間が多くなれば、その社会は必ず堕落する。その国家は必ず滅亡する。私は社会主義者の敵である。私は国家主義者の黴菌である。けれども生物学上の見地からすると、一主義者の敵も、一国家の黴菌も、それ自身としては、必ず溌剌たる一箇の生物である事を忘れてはならない。」

なんてのは実にカッコいい。ただ、言っていることが面白いからと言って小説として面白いかは別問題だ。前半のダメ自慢が、後半は人妻とのモテ自慢になるのだが、なんだか芸がない。虚無とか破壊とかの大仰な単語もわざとらしい。小説としてはダメ。でも、武林無想庵本人には大いに興味を抱いた。この人の作品はもっと読んでみたい。

「俊寛」倉田百三 大正9年(1920年)3月
戯曲。俊寛といえば、歌舞伎の「俊寛」(近松門左衛門・作)がすぐ思い浮かぶ。僕も何度か観ている。非常に好きな芝居である。
当然のことながら、倉田百三もあの作品を意識しながら本作を書いたのだろうと思う。自分なりの「俊寛」にしようと苦心したのは窺える。しかし、まるっきり面白くない。つまらない、というか読んでいて段々ウンザリしてくる。
全3幕の戯曲なのだが、とにかく最初から最後まで俊寛が悩み苦しみ、口を開けば恨みつらみの言葉があふれ出て来る。ずっとその調子では読んでる方も気分が乗らない。
いや、俊寛の置かれている絶望的な極限状況も理解できる。特に第2幕で成経と康頼の二人のみが島を出ていくあたりの俊寛には大いに同情する。でもこの二人に憤り、罵倒してばかりの俊寛っていうのも如何なものか。同情もすぐ覚める。
近松の「俊寛」は男気があって実にカッコ良かった。それでいてラストに人としての弱さを見せるあたりの近松の上手さ。残念ながら、倉田百三は近松に負けている。

「国境の夜」秋田雨雀 大正9年(1920年)10月
戯曲。つまらない。主人公のやったことがちょっとひど過ぎてその後の展開が空々しく見えてしまう。もう一人の自分という象徴的存在も古臭いし、アイヌの扱いもどうもしっくりこない。

「赤いらふそくと人魚」小川未明 大正10年(1921年)1月
傑作。童話というより怪奇小説と言った方がいい。冷たく暗く淋しい雰囲気が作品全体を覆っている。それが何とも言えぬいい味になっている。
ストーリー的にも少し捻って凝った感じで面白い。勧善懲悪ともいえず、ラストも不思議な感じ。そもそも人魚の娘は香具師に売られて船に乗ってからどうしたのだろうか。船は沈んだようだがはっきり書いていない。沈んだとしてもそれで死んでしまったのか、それとも人魚の母のもとに帰ったのか、まるでわからない。そのわからなさが面白い。

「一枚看板」小島政二郎 大正11年(1922年)2月
変な面白さのある異色作。優柔不断で周囲に流され、女にだらしなく芸にも身が入らず常に迷いがある講釈師が主人公。この男、本当にダメ男で10年も講釈師をやりながらいまだに、落語家の方が良かったのではないかと考えたりしている。そのダメぶりがなかなか面白い。ちなみに彼は26歳位なのだが、作中に「中年」と表現してあって驚いた。大正時代は、26歳で中年か。
そのダメ男が、後半になると何故か芸に精進し始め、とんとん拍子に上手くいき始め、しまいにはタイトル通りの「一枚看板」になってしまう。これにはビックリ。前半とはまるで別人。前半に出てきた女たちのことは、作者も主人公も忘れたようで全く出てこない。
主人公が変貌したきっかけは、偶然観た活動写真によって、「芸の上の新発見」をしたからだという。そんな些細なことでも人は変わりうるという作者の人生観が一番面白かった。

「息子」小山内薫 大正11年(1922年)7月
戯曲。解説によると海外物の翻案らしい。割と上手く日本風になっている。ありふれた話だが、泣かせがしつこくないのは好印象。面白いとまでは言えないが、舞台で名優が演じたら結構いける芝居になるように思える。

「三等船客」前田河廣一郎 大正11年(1922年)11月
桑港(サンフランシスコ)を出港した船は十六昼夜かけて横浜に到着する。この小説は、その船旅を三等船客たちが
どのように過ごしてきたかを描いた群像劇である。
誰か個人に特にスポットを当てることもなく、いやそれどころか登場する人々には名前すらない。「紀州訛の男」とか「偏目(かため)の男」とか表記されるだけである。そういう工夫がちょっと面白い。
三等船客たちは、アメリカで差別と迫害を受けながら、歯を食いしばって働いてきた人々である。彼らを描く作者は彼らの側に立ちながらも決して彼らを美化したり、過度の同情をしてはいない。船室の猥雑な雰囲気の描写が現実的で綺麗事ではないのがいい。もちろん、アメリカの理不尽さも見逃さず、批判している。その辺が実に巧みだ。ちなみにアメリカにおいて所謂「排日移民法」が成立したのはこの小説が発表された翌々年である。

「静物」十一谷義三郎 大正11年(1922年)11月
作家らしき男とその妻、友人の画家の男と絵のモデルである若い女、以上4人の登場人物の何か起こりそうで何も起きない話。なんとなくオシャレな人種の中身がありそうで何もない空疎な会話は、まるで生活の実感を感じさせない。そこがなかなか面白い。軍隊や炭鉱や移民で過酷な運命に向き合っている人がいるかと思えば、こんな人もいるのが大正時代か。

「チロルの秋」岸田國士 大正13年(1924年)9月
戯曲。「時 1920年晩秋」
「処 墺伊国境に近きチロル・アルプスの小邑コルチナ」
「人物 アマノ ステラ エルザ」
日本人男性と西洋人女性のほんのひと時の恋愛遊戯。オシャレな感覚の芝居を狙っているのだろうが、読んでいてひどくこそばゆい。凄くちぐはぐに感じる。なんかリアリティーがないし、夢物語にもなっていない。

「曠日」佐佐木茂索 大正13年(1924年)10月
関西弁の会話が心地よいさりげない小品。

「綱の上の少女」片岡鐵兵 大正15年(1926年)2月
傑作、というか怪作。「妹萌え」小説の元祖的存在。幼い頃に軽業師に売られていった妹が、十数年の時を経て軽業師の一員として生まれ故郷の街に帰ってくる、ということを伝え聞いた兄は次第に妄想を募らせる。
なんと妹は、敷島はつせと名乗る綱渡り芸人になったのだという。
兄は思う。
「ひよつとしたら、俺は敷島はつせを恋しているのかも知れない!」と。
まだ会ってもいない段階でこの調子なのでこの兄は相当ヤバイ。爆笑必至である。大げさな表現もなかなかのもの。さらに兄の過度の思い入れが、恐るべき惨劇を招くというストーリーも面白い。
リアリティーはかけらもないが、こういうへんてこな小説も楽しい。
ちなみに「敷島はつせ」で検索してみたらなんと明治時代の軍艦の名前なんだな。日本海軍の軍艦で敷島型戦艦の3番艦が「初瀬」(はつせ)なのだそうだ。軍艦の名前を小説のなかの女芸人の名前に使って海軍から抗議が来なかったのだろうか。ともあれ、この辺のユーモアのセンスはかなりのもの。片岡鐵兵のほかの作品も読んでみたい。

「橇」黑島傳治 昭和2年(1927年)9月
よくある厭戦的戦争小説。意義ある作品なのだろうが、申し訳ないがいかにもありきたりでつまらなかった。

「業苦」嘉村礒多 昭和3年(1928年)1月
自虐的私小説。武林無想庵が明るい自虐だとすれば、こちらは暗くて重たい自虐である。解説によると、自伝的事実にもとづいているそうだが、とてもつきあいきれない。妻子を捨て愛人と駆け落ちするが、東京での生活は困窮を極める、という話に同情の余地はなく、自業自得である。「業苦」なんてものものしいタイトルつけて自虐に酔っているが、読む方がよっぽどしんどい。

「亜刺比亜人エルアフイ」犬養健 昭和4年(1929年)1月 昭和32年(1957年)改作
面白い、つまらない以前に何のために書かれた小説なのかさっぱり分からない。作家のアンドレ・ジッドを実名で登場させることにどんな意味があるのかまるで分からない。そもそもこれがフィクションなのか実話なのかさえ分からない。

「鳥羽家の子供」田畑修一郎 昭和7年(1932年)3月
この小説には参った。とにかく文章が読み辛くて閉口した。小説というよりも何かの記録文を読んでる感じで無味乾燥のうえ、メリハリがないので興が乗らない。会話とかもう少し工夫して読みやすくしてほしかった。結局、どんな話なのかまるで頭に入らなかった。読み返す気もないが。

このアンソロジーのベスト5。
1「抗夫」2「初年兵江木の死」3「綱の上の少女」4「三等船客」5「赤いらふそくと人魚」
ワースト5。
1「鳥羽家の子供」2「業苦」3「俊寛」4「国境の家」5「亜刺比亜人エルアフイ」

追記・ちなみに検索してみたら小島政二郎の「一枚看板」は過去に2度、テレビドラマとして作られているということである。主演は森繁久弥(1960年版)、植木等(1972年版)で、どちらも物凄く観てみたい。(2010年7月4日)




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