「運命のボタン」 わたしたちって、すごくない?

小説(短編集)「運命のボタン」Button,Button 2010年 リチャード・マシスン著 尾之上浩司編・訳 伊藤典夫訳 ハヤカワ文庫 2010年3月25日(木)発行 2010年3月26日(金)発売
2010年3月27日(土)購入 東武ブックス梅島店 定価882円
2010年4月3日(土)読了 読書時間180分

日本オリジナル編集によるリチャード・マシスン傑作集。13の短編を収録。
表題作の「運命のボタン」が映画化されたので、日本公開(2010年5月8日)とタイミングを合わせた企画である。アンソロジーや雑誌で既読のものもあるが、こうやって一冊の本にまとめてもらえるのはまことにありがたい限りで早速買って読んでみた。「聊斎志異」が中国怪異談ならこちらは20世紀アメリカ怪異談である。非常に楽しく読むことができた。以下、収録順に個別に取り上げてみる。(年は作品発表年)

「運命のボタン」(1970年)
うーん、これは駄目だった。だってまるで「猿の手」なんだもの。身内が事故に遭ってお金が手に入るという展開がそっくり。真似するならプラスアルファの工夫が必要だろう。ラストの一行も気の利いたセリフのようだが、なんか教訓じみて感心しない。それにしてもこの話をどういう風にして長編映画に仕立てるというのだろう。映画への興味と期待感は大いに高まった。絶対観るぞ。

「針」(1969年)
呪いの人形もの。予想されるオチの上を行ったオチに思わず、「うまい!」と叫んでしまった(心の中で)。傑作。

「魔女戦線」(1951年)
カッコいい。傑作。物凄く気に入った。題材としてはもはやありふれたものなのだが、話の切り取り方が抜群にうまい。正直なところ、このあとの続きが読みたくてたまらなくなるし、その前も読みたい。これこそ、映画にしたらいいんじゃないのか。「七人の侍」ならぬ7人の美少女たちが殺戮と破壊を繰り広げる大スペクタクルを観てみたい。ダコタ・ファニング、クリステン・スチュワート、シアーシャ・ローナンの3人は是非キャスティングしてほしい。

「わらが匂う」(1953年)
古風な亡霊もの。雰囲気の盛り上げ方がいいし、ラストが衝撃的。

「チャンネル・ゼロ」(1951年)
テレビをモンスターとして取り上げたユニークな作品。1951年にこれが書かれたというのは先駆的だと思う。時代的に興味深いのは、家族がみんなでテレビを観ることとその際には照明を消していること。日本もアメリカも同じなんだと思った。なんで昔は部屋を真っ暗にしてテレビを観たのだろうか。もちろんいつもというわけではなく、テレビで洋画や海外ドラマをやっている時に特に真っ暗にして観た記憶があるのだが・・・。映画館気分をいくばくかでも味わいたかったのか。

「戸口に立つ少女」(2004年)
書いたけれど表に出すのをためらった作品ということだが、傑作。本邦初訳。謎めいた少女や墓地といったあまりにも古風なネタを鮮やかに生かした怪奇小説の逸品。少女がとにかく怖い。

「ショック・ウェーヴ」(1963年)
無生物が怖いというのもマシスンのお得意のパターンのようだ。ここではパイプオルガンに異変が起きる。そこそこ面白いのだが、ラストで理に落ちてしまう処が物足りない。

「帰還」(1951年)
タイムマシンもの。オチが読めてしまうのが残念だが、主人公の辿る運命の悲惨さは凄まじい。ここだけでも記憶に残る。ヴィジュアル的にもインパクトがあるが、実際にここを忠実に映像化すると安っぽくなるんだろうな。

「死の部屋のなかで」(1953年)
テレビムービー「恐怖のレストラン」の原作。昔一度観たきりだが、なかなか面白かった記憶がある。なにしろ異常な事態に直面するのが、お世辞にも美人と言えないクロリス・リーチマンだったから逆に異様なリアリティーがあって怖かった。初めて原作を読んだが、短すぎて物足りない。こういうシチュエーションはもっとねちっこくしつこい方が生きると思う。同じマシスンの「激突!」へのつながりを考えたり、スティーヴン・キングの「デスぺレーション」にどう影響を与えているのか考えたり、色々と楽しめはする。

「小犬」(2004年)
本邦初訳。傑作。小犬が怖いという話。その目の付けどころの良さにはほとほと感心する。これも映像化してほしいが、まず動物愛護の観点からみて不可能だろう。犬の種類を書いていないのは読者の想像にお任せしますということか。読んでいくと小犬もさることながら次第に常軌を逸してくる母親が怖くなってくる。その辺が実に上手い。

「四角い墓場」(1956年)
こういういい話ふうのものはどうにも苦手、というかどこがいいのか分からない。最後まで主人公に共感できず、自業自得と思ってしまった。これも解説によると映画化予定とのことだが、どんな風になるのかなあ、人ごとながら気になる。

「声なき叫び」(1962年)
これもいい話ふうではあるのだが、厳しい視点もあり、なかなか良くできた作品である。ただ、僕にテレパシー能力がないせいなのか、肝心要の少年の気持ちが今一つつかめなかった。いい作品だが、面白い作品とは言えない。

「二万フィートの悪夢」(1961年)
この本のトリを務める作品。名作の誉れ高い作品で何度読んでもやっぱり傑作である。まったく上手いことを考えたものだ。作中にグレムリンのことをちゃんと触れているのは非常に律儀で好感が持てる。
笑ったのは、民間人である主人公が飛行機内にごく当たり前のように拳銃を持ち込んでいること。この時代、チェックとか全くなかったのか。
主人公が最初から情緒不安定に描かれているのがミソである。最後まで読んで、これがすべて主人公の妄想という捉え方もできるなと気づいた。客観的事実が他の人に認知されることを主人公が期待して眠りにつくラストが上手いと思った。
ちなみに「トワイライトゾーン」として映画化された際には、小説が終わった後のシーンもあり、そこでは主人公の主張を裏付ける客観的事実がはっきり映し出されるのだが、今思えばあれは蛇足だと思う。やはり小説の方のラストの方がいい。

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