「フォーン・ブース」 汝、姦淫するなかれ

DVD(映画)「フォーン・ブース」PHONEBOOTH  2002年 アメリカ 配給:20世紀フォックス 監督:ジョエル・シューマーカー 脚本:ラリー・コーエン 出演:コリン・ファレル フォレスト・ウィテカー ケイティ・ホームズ ラダ・ミチェル キーファー・サザーランド 上映時間81分 
2010年1月20日(水)購入 ヨドバシカメラAKIBA店 価格1000円
2010年1月21日(木)鑑賞

初見。評判通り実に面白かった。傑作である。ただ、ラストを除けばの話だが。そこに大きな不満があるが、そこまでは文句なく楽しめる。

公衆電話ボックスひとつで話を進行させる脚本がまず優秀だし、まったく無駄なくキビキビとした演出も見事。脚本のラリー・コーエンと監督のジョエル・シューマーカーはいい仕事をした。
ラリー・コーエンと言えば、「悪魔の赤ちゃん」あたりから卓抜なアイデアを生かして面白い映画を作ってきた。大作よりも低予算の小品佳作向きという感じだ。金はないけど、アイデア次第で面白い映画はできるという好見本である。逆にいえば重量感はなく、いかにも軽い。そこがいいのだけれど物足りなさもある。

ニューヨークの街中の公衆電話ボックス。そこにかかってきた電話に出たスチュ・シェパード(コリン・ファレル)は、正体不明の電話の主に告げられる。「電話を切ったら狙撃する。」と。最初はジョークかと思ったスチュだが、やがて相手が本気であることを痛感して追い詰められていく。

この設定がまず上手い。密室の中で異常者と二人きりで対峙しなくてはならなくなるサスペンス映画はたくさんあるが、これは公衆の面前での密室であり、極めてユニークだ。周りには通行人を初めとして数多くの人がいるのに助けを求めることができない理不尽さ。群衆の中の孤独という言葉を具体的に表現したといえる。
映画を観る側は、主人公の味わう恐怖を面白く感じると同時に「自分だったらどうする?」と置き換えて楽しむことができる。

このスチュという男は、傲慢だが小心者で不誠実な嘘つきではあるが、それにしてもここまで恐怖にさらされ生命を脅かされるほど悪い人間ではないように見える。だが、電話男は容赦しない。少し愉快犯的なところがあるのがいかにも現代的で非常に面白い。人を簡単に殺しておきながら、他人に対しては誠実さを求めるという狂った道徳観の持ち主というのが興味深い。
電話男はスチュが妻帯者でありながら、他の女と浮気しようとしているのがどうしても許せない。「汝、姦淫するなかれ」である。そこで妻に向い、いや世界に向かって悔い改め謝罪せよと迫る。このあたりの展開はキリスト教を理解していないから非常に分かりずらい。僕は、ドストエフスキーの「罪と罰」を思い出した。罪を犯したラスコリニコフにソーニャが、街に出て十字路でひざまずき大地に向かい懺悔して許しを乞うようにうながしたシーンである。
この映画でもスチュが懺悔して許しを乞うクライマックスシーンが印象的だ。両手を大きく広げて仁王立ちになるスチュは十字架に架けられたイエス・キリストを模してるようにも見える。

と、ここまではまことに素晴らしい出来なのであるが、先に書いたようにラストが問題なのだ。どうもうまくまとめ損ねた感じだ。説明不足のところと説明しすぎなところが混在しており、すっきりしない。電話男ともう一人の容疑者の関係を曖昧にしたのがまあいいとしても致命的なのは電話男の顔をみせてしまったところ。ここはやはりスピルバーグの「激突!」のように最後まで正体不明の何者かにすべきだった。しかもまずいことに電話男に某有名スターをキャスティングしたこと。これじゃあ、どう見ても地味な変装したジャック・バウアーにしか見えない。CTUの仕事の合間にこんな遊びをやっていたのか!キャスティングって大事だ、最後の最後でギャグになってしまった。

そこを除けばいい映画なのでつくづく惜しい。コリン・ファレルも大熱演だし、フォレスト・ウィテカーもいつもながらいい。

ラストのセリフが、「また電話をかける。」というのがうまい。ラリー・コーエン原案の「セルラー」(2004年)のラストのセリフが、「もう電話をかけてくるな。」だったのでみごとに対になっているわけだ。

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